Baroqueの優雅な昼下り②

ここに引っ越してきました
Baroqueの優雅な昼下り② TOP  >  2015年03月

ボッテイチェリとルネサンス

ボッテイチェリとルネサンス にいってきました。
(私は初日にいってしまいました。)

こんなにすばらしい 作品が 沢山集まってます。 ↓
以前程は驚かなくなりましたが、
それにしても、我・日本で
ヨーロッパ・フイレンツエなどの この時代すばらしい名画を
一度にこんなに沢山みられるとは・・・。

ふた昔前には考えられませんでした。
そう、ふた昔前の日本にはルネサンス以前の絵はめったにきませんでした。
日本人のそれを美術の世界から牽引する指導者の意識と知識に変化が出てきているのでしょうか。
同時に経済大国としての余裕もあるのでしょうか。
(ゆるやかな回復傾向にある、経済状態ではありますが。)
上野の西洋美術館もここ20年位前からルネサンス期の絵を少しづつ購入してますね。)
さあ、謹みて拝観いたしましょう。

チラシ
上も下も同じ絵です。
せっかく丸いんですから
丸い写真も。
ボッティチェリ①
サンドロ・ボッテイチェリ (1470年代末 テンペラ、板 直径95cm ピアチェンツア私立博物館イタリア)




ボッテイチェリ ケルビムを伴う聖母子 (1470年頃テンペラ・板 ウフイツイ美術館)
ボッティチェリ②
素晴らしい額装の聖母子・・・
ザ ルネサンス サンドロ・ボッテイチェリ の若き日の作品。
天使の位 2番目のケルビム。
(9段階中二番目、ちなみに大天使は8番目)








ボッテイチェリ 受胎告知 1481年 フレスコ ウフイッツイ美術館
ボッティチェリフレスコ壁画
フレスコ壁画です。大きい・・・
10年くらい前に日本に来てます。
あの時は驚きました。たしか西洋美館だったように記憶してます。
かなり大がかりのルネサンス展でした。ヴェネチアもありました。
ふた昔前はどうやって壁画を日本に運ぶのかしらとその好奇心が強かったわ。
もう、わかりました。
大きな素晴らしい壁画でsすが、
写真が小さすぎました・・・・



ジョバンニ・デラ・ロッビアの
パッツイ家の標章(フイレンツエ ウフイッツイ美術館 彩釉テラコッタ、浮彫) 1510年~1525年
 イタリアでよくお目にかかる彩釉テラコッタ がありました。
花や果物に囲まれての聖母子像のレラコッタは目立ちますが、これは標章なのに注目したわけは
パッツイ家の文字が目に入りましたからです。
パッツイ家の標章
パッツイ家の名前を知ったのはつい最近・・・それも ‘映画ハンニバル’ を見たときです。
あのアンソニー・ホプキンスのハンニバル。
(トマス・ハリスンの小説ハンニバルの映画化。)
映画のなかの
ルネサンス期のパッツイ家・・・! 知らなかったからでしょうか 印象に残ってはいました。
(陰謀・そんな事件もあったのか・・位の思いでした・・・)
そして ここに
Bunkamuraで ‘ パッツイー’ という文字との再会が突然ありました。

パッツイ家の陰謀(1478年): 新興メデイチ家に陰謀を仕組みましたが 失敗しました。
メデイチ家に対抗したのですから大変なことです。
パッツイ家側から100人以上の処刑者がでたという事です。
それでも1492年には要職に戻ったそうですので これもすごいです。

その時のパッツイの処刑の様子が
ボッテイチェリによってフレスコで描かれたのがあったそうですが
破壊されてしまったそうです。
                    
ダ・ヴィンチのこの有名な絵は
パッツイー家と関係のあったベルナルド・バンテイーニ(1479年)なのだそうです。
ダヴィンチ ベルナルドバンテイーニ1479年
花の都 藝術のルネッサンス は、それはそれはもの凄い時期で
現実は血で血を洗うハンニバルも真っ青な時代だったそうです。




映画の中のBGMは バッハのゴールドベルグ変奏曲(ピアノ:グレン・グールド )があります。
(イタリア大好き。バッハ大好き。それから怪演・名優アンソニー・ポプキンス・・・ )

また、
映画の中での オペラの場面は  美しい曲 美しい場面 です。
誰の何という曲でしょう。
イタリアオペラかしら・・・
聴いたことがあるような ないような・・・
こういう場面をみると、 オペラとは聴くものではない という事が解ったような気がします。
オペラの舞台を見ないでCDのみを聴く ということは、
‘歌舞伎や能や文楽’ など で‘ 地・ 謡・ 義太夫と三味線 ’ のみを聴いてるようなものですのね。

この展覧会を記念して
ハンニバルのDVDを探しだして みてます。
そして
このオペラの部分が気になって調べてみました。
驚いたことに
パトリック・キャシデイ という人が 
この映画のこの場面のために作曲したものだそうです。
ある作品はアカデミー賞の候補にまでなったようです。
(で~も DVDハンニバルは  ちょっと、気持ち悪い映画だわ。)




フランドル楽派のヨハンネス・マルテイニ(1440~1497)作曲の楽譜
(フイレンツエ 国立図書館蔵)
テンペラ 金箔 羊皮紙  有名な楽譜です。
  フランドル楽派 - 94MB
ネウマ譜は9世紀頃にはあったようです。
線がない楽譜から1本線になり
4本 5本 それ以上の線の楽譜の時代がありました。
テンペラ・ヤンピ・黄金箔の細密画の4本楽譜を見るとゾクッとします。
4本譜線は11世紀に登場します。
これは五線譜ですね。
上枠の中の人物は楽人の祖といわれてる ユバル。槌を叩いて音の比率の法則を発見しました。
この時代の楽譜はほんとに魅力あります。
すばらしい芸術でもありますが
とほうもない労力と時間がかかりました。
15世紀初めのグーテンベルグ印刷までしばらく続きます。







              ・・♪・・
よくばって 沢山、楽しもう と思うといろいろ忙しいわ。


ヤマザキマリさんの講演が会期中にあるようです。
ヤマザキマリさんは
イタリア在住漫画家 作品テルマエ・ロマエが 大評判です。
テレビでも (お風呂大好き イタリア人と日本人) ということで
何回かにわたって イタリア特集を公開してます。
カラカラ浴場 と、日本の温泉 とはずいぶん差がありますが、
それを (かなり無理して(!?) 関連付けた 発想がすばらしいし面白い。

マリさん描く ボッテイチェリ ↓
ヤマザキマリ テルマエロマエ


[ 2015/03/31 23:58 ] 展覧会 | TB(0) | CM(0)

三月場所 徒然

三月場所が終わりました。
竜田川親方(豊真将)無線で交信中
写真は竜田川親方 元豊真将関です。
親方として仕事をしてます。
無線で交信中のようです。
いいお相撲さんでした。



三月場所が終わると
お相撲さん達の巡業が始まります。
毎年 伊勢神宮奉納大相撲 からです。
神宮場所があります。
↓は偶然見つけた写真
去年の話。
稀勢の里が優勝したときの写真です。
去年デス。
キセノン優勝 伊勢神宮奉納相撲
[ 2015/03/30 20:01 ] 大相撲 | TB(0) | CM(0)

開花宣言

23日 東京都の開花宣言 がありました。
靖国神社の標準木が5~6個咲いたそうで気象庁の職員が確認したそうです。

三月場所(大阪)
富士東関が優勝しました。(玉ノ井部屋)
よかったわね。
渋谷さん・・・・
トッチーおめでとう。
渋谷さん
かってめでたく幕下に昇格したとき
幕下から締められる 博多帯 ・・・
それは値段が高いので(勿論、女将さんからは戴いたでしょうが、)
浅草で それに似た名護屋帯を買いに行った
というような お話はなつかしい。
‘渋谷が博多ではなく浅草に名護屋を買いに行った。’

師匠のように立派になってね。


[ 2015/03/24 19:15 ] 大相撲 | TB(0) | CM(0)

圓朝に挑む!

特別企画公演 圓朝に挑む!
にいってきました。
国立演芸場です。
圓朝に挑む7
今年で7回目のようです。
毎年桜の開花の微妙な このお彼岸の時期です。
落語中興の祖 落語界の最高峰といわれてる 圓朝に挑む! のですから
大変な事です。
話によると
圓朝に関係がある 圓朝ゆかりの演目で
どちらかというと あまり演じられてないようなのものを
選ぶようです。

中堅どころの真打4名による・・。

圓朝のは ゲラゲラ笑う演目ではないです。
落語というより 噺 とでもいうのでしょうか・・・・
その雰囲気はいいです。
かなり今風にそして 圓朝節(?)が入り
古典落語のよさ を感じさせてくれました。
とり の 蜃気楼龍玉  札所の霊験 は
ゾっとする場面があって 又 次を聴きたくなるような凄みがあり
魅力あると思いました。

会場は満員で ほとんど満席。
でも こういっては何ですが、自分を含めて
お客・聴くほう側 の 
‘粋’ みたいのが あまり感じられない時代になりましたね。
ものすごく繊細なんですけど
落語家を育てましょう・・・
(その前に 自分を・・・)

この企画は 圓朝とのどういう繋がりでの出演者なのでしょうか・・・
橘家圓太郎 がまとめ的な役割をしてるようです。
その話のなかで
私の師匠の春風亭小朝が、国立劇場からの話で始めた と云ってたような気がします。

全体におもしろくとてもよかった。

本日は 桂米朝師匠 の名前がたびたび登場しました。

圓朝に挑む⑤
前座の林家つる子さんがうまいの。
かわいい、色気があるとはこういうことかしら。
林家正蔵門下第7番目の弟子といってました。
28歳。中大落研出身。






           ・・♪・・


展示室では会場35周年の展示がありました。
資料展示室



その中にこの写真が・・・・。
圓朝に挑む③




たまたま この本を読んだばかりでしたので
わたし的にも盛り上がりました。
松井今朝子
とはいえ、この本は
題名に惹かれて読みました が、
中身は 私が期待したのとは少し異なりました。
 好みが違うと 一気に興味が薄れます。
松井さん、文献調査などはきちんとしてるのでしょうが、
ある意味 し過ぎ・・・。
真面目すぎるのでは・・・・。



                 ・・♪・・



先日 話題になった落語協会の
10名の真打昇進襲名
真打①


こちらは芸協の
真打昇進襲名
真打②
[ 2015/03/21 22:57 ] 劇場 | TB(0) | CM(0)

インドの仏(表慶館など)

インドの仏 展は 東博の表慶館 です。
表慶舘 - コピー
ロマンチックな表慶館
旧東宮御所・現迎賓館とおなじ片山東熊の設計 明治41年


インド展よん - コピー
明治神宮外苑絵画館ににてますが、
様式はちがうようです。
こちらはネオバロック
あちらはセセション
だそうです。(よくわからないわ。)


            ・・♪・・



ちなみに
迎賓館 明治42年
迎賓館
すてきです。



明治神宮外苑絵画館 一般公募をもとに神宮造営局設計 大正15年
絵画館写真
こうして比べてみると 違うのかなあ・・・・








お昼は法隆寺館で
インドの仏展を祝して ドライカレーにしました。
飲み物はやはり祝して インドビールのKingFisher カワセミのラベル。
インド展さん - コピー

カワセミの写真
インドには沢山生息してるのかしら。
カワセミ

カワセミ(翡翠)の分布図を見つけました。
緑 周年生息地
黄 繁殖地
青 越冬地
翡翠の分布図
ドライカレーもビールも とてもおいしくて 知人にMailしました。






ユリノキです。
インド展ゆりのき
葉っぱは全て散って 花はつぼみ。目立たなくしっかり初夏を待ってます。




会場の売店でレトルトのカレーを買いました。
カレーimg152
この展覧会のためのパッケージのようです。
八千頌般若波羅蜜多経 女尊 11世紀
[ 2015/03/18 20:31 ] 展覧会 | TB(0) | CM(0)

インドの仏

インドの仏展にいってきました。
(コルカタ・インド博物館所蔵)
 コルカタとは カルカッタ の事です。

シ
インドでは仏教はアショカ王(阿育王)のBC3世紀頃に最盛期をむかえます。
そして発祥の地インドでは
6世紀頃から衰退し始めてヒンドー教に取り入れられてきました。
(信者はカーストのヒンドーの最下位になれた。)
そして仏教は13世紀には完全に消滅しました。。


        ・・・・


仏像などです。
仏教ではスツーパといわれる象徴としての 仏塔がありましたが、
初期の頃は仏像はなかったようです。
BC4、アレキサンダー以降
ギリシャ文明のヘレニズム文化が徐々に入ってきてます。
カニシュカ王(紀元1世紀頃)の頃
その影響を受けて
ガンダーラ(パキスタン)やマトーラ(インド中央)に仏像が登場しました。





摩耶夫人が白い象の夢をみて 釈迦の誕生。
(テレビからの写真 ↓)
托胎霊夢 2世紀(制作年代)
托胎霊夢
お釈迦様はだいたいB.C.6~5世紀頃 ネパールのルンビニで生まれました。


出家ゆ城 2世紀(制作年代)
インドの仏様① - コピー
出家の様子。王さまの地位を捨てて・・・・


菩提樹 紀元前2世紀(制作年代)
インド②
お釈迦様はボードガヤの菩提樹の樹の下で悟られた。




その後、
鹿野苑(ろくやおん)で初めての説法をしました。
初転法輪です。
初転法輪の跡(ダーメーク スツーパ)
ダメーク スツーパ 初転法輪の跡
鹿野苑は 鹿のいる園 の意だそうです。インドの仏教霊地。
       ベルナスの北東10km 現在のサールナートです。

法輪
初転法輪





涅槃 2世紀(制作年代)
インドの仏様①



ナーランダ大塔 址
インド② - コピー
5世紀ごろの繁栄した修行の場です。
ナーランダ大学 (世界最古の大学のひとつ)
当時 10000人位の学僧 2000人の指導者いたそうです。
玄奘もここで学びました。
このころ仏教は必死の巻き返しの時代です。
そのためにヒンドーの影響を柔軟に受け入れます。
ヒンドーの影響をうけた仏像は多く日本にも沢山あります。
 (それにしても その堂々たる菩薩さまを何点か拝見することできました。)
日本には
摩利支天 (イノシシのヴュシヌシ神から )や 不動明王 (シバ神)等があります。
ここには
レンガ造りの多くの僧院建ち並んでました。
が、
12世紀にナーランダは完璧に破壊されてしまいました。



       ・・・・・



かなり以前、私はシルクロード(仏教という事でインド以東)に興味を持って
(現地には行ってませんが、)
激しく燃えた時期がありました。
法隆寺 東大寺 正倉院 (ササン朝なども)
おそらく 修学旅行 の影響があったのでしょうね。

たまたま、
このたび この展覧会とテレビの影響で会場に足を運ぶ機会に恵まれましたが、
今にして思えば 情熱の割には あの頃も(今もデスガ)知識も意識も浅く・・・・。
結局 同じ事の繰り返しを 確認してるだけ・・・。
深く追求するパワーはありません。
戻れませんし
(むしろ、考えや意識の変化を止められません。)
いくつになっても
浅く、広くの断片的な知識のはぎあわせ・・・・で
上っ面の意識の変化がダラダラ続いてます。









[ 2015/03/18 15:40 ] 展覧会 | TB(0) | CM(0)

大相撲三月場所8日目

中日(なかび)になってしまいました。
昨日の7日目までに
安美錦 7連勝!
安美錦ガンバレ!
安美錦
写真は7日目 松鳳山関 ゴメンネ。
[ 2015/03/15 15:09 ] 大相撲 | TB(0) | CM(0)

北斗星

寝台特急 北斗星 も引退です。

北斗星

青い客車の ブルートレイン としてしたしまれた 寝台特急 北斗星も、
13日で定期運行を終了しました。
定期運行の終了。






本日 13日(金) の上野駅 ↓

北斗星 - コピー






北海道・函館本線を走る 北斗星  
雄大な景色の中を疾走する北斗星 ↓
北斗星 - コピー - コピー



[ 2015/03/13 20:05 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

3月場所5日目

5時過ぎからのラジオ中継です。
teitterで#sumo をみてたら 遠藤・・・・。 ↓
車椅子で病院に向かったそうです。
遠藤が心配。

稀勢の里が心配。


[ 2015/03/12 17:39 ] 大相撲 | TB(0) | CM(0)

大相撲三月場所4日目

4年前、平成23年4月9日の写真です。 ↓
たまたま出会った
大根の力強さに感動して写しました。
201149 東川口
本物の大根はもっと迫力ありました。

その頃使ってたガラケーでの撮影でした。

3.11が なかったら 気が付かなかった風景です。










・・・・・♪・・



4年前の大阪場所の記憶がなく
‘とうとう私も・・・’  とおもいました。
が、
過去のブログをみて思い出しました。
大切な事をおもいだしました。
あの年は
大阪場所は中止でしたのね。
そうだったんだ。
そしてこんな懐かしい写真も・・・・。
復興支援①
 



復興支援②
3月24日のブログです。

おすもうさん達の支援活動のはじまりです。
最初の写真です。
(たしかこの日は 渋谷駅前 と 錦糸町駅前 という事でした。)
この後 さまざまな形での支援がはじまりました。



遠藤関 本日4日目よかったわね。(17時21分現在)


[ 2015/03/11 17:22 ] 大相撲 | TB(0) | CM(0)

メルケル独首相

ドイツのメルケル首相が来日しました。
日本科学未来館でASIMOを見学。
このあと、東大と理研の予定。
アシモ見学
エネルギー問題が当然出るでしょうが、ドイツとは周辺諸国の事情がちがいます。

雨のため儀仗礼は雨天のため室内で。
儀仗礼は室内雨メルケル首相



面白い古い写真をみつけました。
英国エドワード八世の皇太子時代(1922年)
 の来日の時の写真です。
エドワード8世の皇太子時代 1922年



[ 2015/03/09 17:54 ] 徒然 | TB(0) | CM(0)

今日の新聞の切り抜き

今日の新聞の切り抜きです。
‘子供たちに伝えたい’ とありますが
大人たちにもつたわってほしい。

安保反対①
安保反対②
そうだったのかと さらに改めて思ってます。


[ 2015/03/08 13:52 ] 徒然 | TB(0) | CM(0)

華厳の瀧

日光 華厳の瀧 
平成25年3月5日の華厳の瀧です。
華厳の瀧
瀧の長さは100m弱。
本日の水量はマアマアだそうです。




御用邸の近くから上ります。
いろは坂をのぼって20分程で
標高1271mの中禅寺湖到着。
中禅寺湖①
この湖からの水が滝です。
一気に100m下に落ちます。



駐車場の近くは雪です。
雪
観光シーズンオフでしたので
スイスイと移動できました。
いろは坂は4時間位かかる事があるそうです。
この辺りは 干瓢と湯葉が名物です。
湯葉のお土産をいろいろ買いました。
それから日光彫の鍋敷きをかいました。


[ 2015/03/06 19:27 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

金谷ホテル

田母沢御用邸は 日光金谷ホテルに近いです。

お昼は金谷ホテルでした。
あこがれの金谷ホテル
現存する日本最古の洋式ホテルです。
金谷ホテル (2)
右奥は昭和天の陛下が宿泊されたという館。


お昼デス。
虹マス料理が名物のようですが、
ビーフシチュウーでした。
せめてカレーライス・・・・とおもいましたが。

レストランの飾りは日光です。
東照宮のおひざ元
彫刻は伝統的
迦陵頻伽  会津小新井吉田仙十良作
会津小新井吉田仙十良作けやき




この額の紹介がありませんでした。
日光彫り



日光彫りでしょうか。 さすがデス。
日光彫り (2)







[ 2015/03/06 19:24 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

旧多母沢御用邸

田母沢御用邸 にいってきました。
旧田母沢御用邸 (日光田母沢御用邸記念公園 栃木県の公益財団法人が管理)

日光田母沢御用邸
日本の伝統の匠と技 

建築様式として 江戸 明治 昭和の三時代にわたる 構成がされてます。
主に三階家部分は江戸
 皇后宮は明治 
 謁見所などの公的部分は大正。
 数寄屋風 書院風 京風住宅 宮廷風 和洋折衷様式 と様々。
    建築家達にとってもおそらく勉強になるのではないでしょうか。

昭和19年には 今上陛下が疎開されてました。

日光田母沢御用邸 - コピー






中庭からの三階家(江戸時代・紀州徳川江戸中屋敷の移築)
       左 (大正時代)
       右(明治時代)
三時代が美しく響いてます。
日光田母沢御用邸②
とても広く うろうろしてたら仲間とはぐれて迷子になってしまいました。


その魅力的な木造三階建て を庭から上手く写せました。
木造三階建 - コピー


日本の伝統 杉戸絵。
御用邸には杉戸絵が18枚あるようです。
木目を生かしたこの伝統は素晴らしい。
空間恐怖症のような隙間なく塗り込む洋画とはちがいます。
日光田母沢御用邸③
見学出来てよかった。












[ 2015/03/06 19:23 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

Baroque

Author:Baroque
ここに引越しました。
本は友達!
絵(ルネッサンス・マニエリスム)音楽・お相撲・歌舞伎・お能・文楽・落語、・食べること大好き。

・・・・・・・・・♪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


Baroqueの優雅な昼下り
  http://fzksakura.blogspot.com/
もよろしく。

最新記事
最新トラックバック