Baroqueの優雅な昼下り②

ここに引っ越してきました
Baroqueの優雅な昼下り② TOP  >  2016年10月

イラン・イスラム共和国 ⑭

イスフアハンの アルメニアタウン
市内 川をはさんで 南側の1画にアルメニアタウンがあります。
アルメニアは最初にキリスト教を公認した国 という事ですね。
イランと地続きの隣国です。何年か前に沢山のオーソドックスの教会を見物(!)しました。

なんと、
イランはイスフアハンに
オーソドックスのヴァ-ンク教会があります。
(この事は初めて知りました。)
イスラム風ドームの上には十字架です。
アルメニア


誇り高きアルメニア人の宗教関係者でしょう
誇り高きアルメニア人
イランでキリスト教とは・・・
少しドキドキしてます。
後で聞きました イスフアフアンには
こういう教会は18個あるそうです。
周辺には30個くらいあるそうです。
道内の壁は隙間なくキリスト教の壁画でみたされてます。
アルメニア教会さん


最後の審判 ですね。
DSC09025 - コピー



tenngoku - コピー





博物館もありました。
印刷機
資料館いんさつき
印刷機はワイン絞り機から考え出されたと聴いてます
印刷機はキリスト教を思い出させてくれます。
1455年グーテンブルグのいわゆる四十二行聖書を印刷
世界で48セットのこってるそうです。日本は慶應大学が1セット所蔵してます。
今、アルメニアの美味しいコニャックも思いだしてます。
(この地区では、イランでも、お酒が飲めます
これも驚きです。で~も、なんか不安デス 。
あの美味しいアルメニアコニャックを‘飲め’と言われても ここでは遠慮します。)


美しい聖書・・・
時祷書でしょうか・・・
聖書
何時の時代? と注意してみましたが、
何かよくわかりませんでした・・・)

[ 2016/10/31 22:40 ] 旅行 | TB(0) | CM(2)

イラン・イスラム共和国 ⑬

イスフアハンのチェヘルソトウーン宮殿
アッバース1世の1599年にイスフアハーンが首都に選定されました。
サーヤンデルードとヨバレル河川 と平原によって
緑豊かな歴史的都市設計を
完全に象徴したいわば人工都市です。
庭園が沢山ありました。
これは、イスフアハーンの都市計画の一つです。
 今は二つ残ってます。
チェヘルソトウーン宮殿は
まず庭園が出来ました。
その後 建物がたちました。
外国からの賓客をもてなすためものです。
エイヴァーンと呼ばれるテラスもあります
チェヘルソトウーン宮殿


中央のプールの四方にあるライオンの口からは 水が流れ噴水もあり
水面に宮殿が写るように設計されてます。

テラスの噴水


宮殿の広間は、相規模な装飾鏡:細工 壁の壁画 木製の柱 ムカルナスという鍾乳石の装飾も美しいです。
宮殿に入る


壁の壁画 ↓
この絵は有名なもののようで、
宿泊したシラーズのホテルにもこの絵のコピーが飾られてました。
私は、絵ハガキも買いました。
この絵の頃はワインを飲むことができましたね・・・・
壁画

宮殿の廻りの水路は植物を潤し美しさを増してます。
日本人には何でもない植物も 地域によりますがイランでは誇るべきもの、欠かせないもののようです。




イスフアハン
都市発展の理由となった川に掛かる1600年初頭のスイ・オー・セ橋(33橋)
スイーオーセ33橋 
川には、なんと、一滴の水も流れてません・・・。
季節によるのだそうです・・・。
[ 2016/10/31 18:53 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国 ⑫

イスフアハンの ジャメモスク です
ジャメモスク ジャメモスクとは金曜礼拝のモスク の意で、
その街の一番おおきなモスクである事が多いです。
このイスフアハンジャメモスクは、760年頃から建てられ初めて
現在の建物は10世紀~16世紀頃までに建築修復増築が繰り返され
過去1000年のイランイスラム建築の特徴をもってます。
イスフアハンジャーメモスク


北・南・東・西のエイヴァンというテラスを有するし
四方から中庭を囲むようにしてます。
これはイラン建築様式の一つのようです。
イスフアハンジャメモスク


このモスクはイスラム期イランの歴史的建築を集めた博物館のようで
最も重要なイランの歴史的建造物の一つです。
装飾の素晴らしさには目を奪われます。
文字も装飾になってます。書体も日本の書道のようにいろいrぱります。
アラビア語・ペルシャ語があるらしい・・・。
柱の材料も構築も 凄いらしい・・・・

イランの歴史的建造物


銃弾跡です。
ガイド曰く この度のイイ戦争でのイラクのだそうです。
イイ戦争の跡トカ

え~と、何世紀からでしたかしら・・・・ ↓
760年ゴロカラ


4っつのテラス(エイヴァーン) が、わかるのでしょうか。

[ 2016/10/31 16:02 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国 ⑪

イスフアハン
イスフアハンはアッバース1世の下で繁栄しました。
王の広場(イマーム広場)を中心に 王のモスク(イマームモスク) バザール 宮殿 神学校が、建設され
貿易が推奨され世界の商品が集まり 世界の半分 と称される繁栄を謳歌しました。
イスフアハーンには 隊商宿(キャラバンサライ)があり貿易の中心でありました。
伝統工芸品のペルシャ絨毯の産地でもあり、刺繍、金属細工、彩画陶器 などの工芸品が、ヨーロッパに輸出されてました。
特に 王のモスク は、青色のタイルで装飾された美しいドームを持ちイラン建築の粋といわれてます。

☆アッバース大王(1571~1629年)
  サフアヴィー朝
  イスフアハンを建設 現代イランの基礎を築いた苛烈なるシャー





イスフアハン イマーム広場
イマーム広場は、まわりを青を基調とした精密なアラベスク模様のタイルで覆われた
モスクや宮殿によって囲まれてます。 
‘イスフアハンは世界の半分 ’といわれた 楽園のような都市でした。

イマーム広場
イマーム広場のパノラマ - コピーいい写真をみつけました。 ↑


左・シェイクロトフオラー   中・イマームモスク  右・アリカプ宮殿
イマーム広場

王のモスク(イマームモスク)
王のモスクさん

王のモスク


王(イマーム)モスク の ムカルナス
イマームモスクのイーワーン

モスク内部
モスク内部

イマームモスクのイーワンのムカルナス
ムカルナスとは、鍾乳石の◎天井のこと。10世紀イラン北西部で発展しました建築装飾で単純な幾何学的要素を繰り返したものです。イスラム建築で特に優れているのは内装です。(庭園も)
偶像制作が、禁止されてたため 装飾が発達しました。文字・幾何学図形・植物などを描いた文様が発達しました。アラベスクです。イスラミック・カリグラフイー(装飾文字)でコーランを装飾とし引用しましたので、イスラム教徒は母国語の他に必ずアラビア語を学んでます。


マスジェデシェイフ・ロトウフオッラー モスク
薔薇モスクミナレトなし
黄色が多くつかわれてます。

ミナレットがないモスクです。世界一優美なモスク 薔薇のモスク といわれてます。
シェイクロトモスク

ima-mumosukuno.jpg





アリカプ宮殿
イラン最初の高層建築
アリカプ宮殿世界最初の高層建築






イマーム広場の廻りには沢山のお店がならんでます。
いろいろな、お店があります。店先で金工細工をしながら商品を作ってるのもあります。

以下はイマーム(王)の広場廻りのお土産やさん です。

今まで 私が見た中で一番おおきなラピスラズリーです。
DSC09184 - コピー



DSC09174.jpg

大きいです
大きいの

大きいです
大きすぎる

大きいです。
DSC09209.jpg






こちらは チャイハネ(喫茶店)です
チャイハネ喫茶店

☆旅行中約1000枚の写真を写しましたが、あまりにも下手な写真は難解ですので、拝借したのもあります。
[ 2016/10/30 23:56 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国 ⑩

ヤズド ⇒ イスフアハン です

途中
キャラバンサライ 隊商宿を見学しました。
そばにラクダがいました。(草が少しあるので ある意味放し飼い)
カナートもみました。
カナートとは地下水路のことです。
紀元前からこれはあったそうで
地下深く水路をつくります。
それが枯れると 次の水路を捜します。
草が生えてる所を結び付けて母カナートをさがすそうです。
水は大切です。
イランの油は南の西側で獲れるそうですので
旅行中それらしい場所には出会えませんでした。
輸送はどうするのですか と、ガイドさんに訊きましたら
イラン人のガイド曰く
バイクで運びます・・・・
(???・・・)
パイプの事のようです。
石油1缶お願いいたします。
はい、バイクで運びます・・・・



              
                    ・・・・・・・




隊商宿(キャラバンサライ)です。
17世紀のあたらしいもののようです。

ここで私は、ラジオ⇒喜多郎のシルクロードのCDに替えました。
ワイン飲みながら の 作業に切り替わります。

喜多郎からかなり西側ではありますが・・・・
前にアゼルバイジャンでキャラバンサライをみました。
トルコでもみました。
いちおうローマという事ですが、
西限界はシリア説があるようですが、ブルガリアでもみました。
(シルクロードではないといってもいいのでしょうか)
隊商宿いち
このシルクロードというロマンチックな響 と、正倉院 は、
どんなにか 高校生以来の私を悩ませた事でしょうか・・・・
今おもえば 青かったのです。
青い春 でした。
その青さを、なんとか表現したいと
楽しく苦労 をしました。
それは、私の 糧 になりました。
悩み・苦労は財産です。水です。
年を経て
少し変化してきました。
さあ、もう戻れません
この様な旅行 や、展覧会などで 接する機会があると
その財産と水を思い出し 豊な気持ちにはなります
が、
あの頃の激しい ときめき は、薄らぎました。
この事実は受け止めなければなりません。
淡々と、粛々と・・・・
そして 穏やかに前に進みたい。



そういえば ここは、隊商宿を参考にしたという
きのうのトラデイショナルホテルににてます・・・
隊商宿に


階段もありました。
隊商宿さん


駱駝です
らくだ


素朴なカナートです。
カナート


草の生える路を捜しまわります。
母カナートを見つけるのです。
カナート捜し


[ 2016/10/30 21:04 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国 ⑨

ヤズド市内観光

アミルチャグマーク広場
市民グループがお祈りでしょうか、集会を開いてました。
アミルチャグマーク

      ・・・・・


ジャメモスク
上から見た市内の写真
一番高いのはジャミモスク
ヤズド ジャミーモスク

ヤッパリ美しいイスラムモスク
ヤズド 

イスラミックヒジャブ ↓
私たちも スカーフ です。
イスラミックヒジャブ

モスクの内部
モスク内部

かぎ十字がみえます。
カギ十字


             
               ・・・・


ドウラト・アーバード庭園

ヤズド市内には 砂漠に適応したペルシャ建築がいくつかあります。
構造的な事はよくわかりませんが、庭園内でその一旦を見る事ができます。
何よりも 水
それから 冷房


大事な大事な水路
ドウラト アーバード庭園DSC08958

大切な水
庭園


砂漠適応の 風取り塔(バードギール)建築 
天然の冷房
ドウラトアーバードの砂漠適応のペルシャ建築バードギール

イスラム風の美しい細工
ドウラトア^バード




                   ・・・・・・


ヤズドのホテル
ヤズドでは トラデイショナルホテル といわれてるホテルでした。
‘隊商宿’の趣のある エキゾテイック なホテルでした。
名前は マルコール・トレッジャル ホテル といいました。
市内にはこのようなホテルがいくつかあるようです。
入り口から迷路のように狭い曲りくねった細い長い廊下を通りフロントへ

怪しい魅力の 迷路のような通路からさらに怪しいフロントへ
ayasiimiryokuno.jpg



そして又、迷路のような階段から
いきなり広い中庭です・・・。
レストランやチャイルームとなってます。
天井はないそうで 天幕で覆われてます。
迷路のようなトラデイショナルホテル
アブラカナブラ・・・・

その中庭レストランは
やっぱり中心に水のある中東風 ↑
故事来歴イワク因縁のありそうな細工  ↓    怪しいデス
DSC08855.jpg



その日 宿泊した部屋です。
シラーズのハーヘエズ廟の前で美女が詩を詠んでます。
中庭は天井はなく天幕で覆われてる









朝 起きて気が付きました。
鍵をかけ忘れてました。
DSC08863.jpg






[ 2016/10/30 21:01 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国 ⑧

ゾロアスター教の起源はBC6世紀までには ペルシャ人のほとんどの人々が信仰していたといわれてます。
BC3世紀に成立したアケメネス朝でもアフラ・マズダへの信仰はしっかり守らてました。
3世紀初頭に成立した後続のササン朝では、国教とされました。
そして活発なペルシャ商人によって中央アジア・中国・他にも伝わりました。
7世紀後半以降のアラビアからのイスラームの台頭によってペルシアのゾロアスター教は衰退しました。
その活動は インドに移り 今でも少数ではありますが、インド社会にある種の影響力を持ってます。
現在 信者は約10万人
ヤズドには4万人位といわれてます。
開祖はザラスシュロラ(ゾロアスター・ツアラトウストラ)とされてます。

日本では 過去に東芝が電球や真空管などを マツダ MAZDA としてブランド化しました。(マツダランプ)
           又、
          自動車のマツダ はその綴りは MAZDA  です。
img161.jpg

ゾロアスター教の守護霊
守護霊プラヴァシ


ヤズドの
ゾロアスター寺院 
各地を経めぐりて
1940年頃にこの寺院ができたようです。
   ヤズドゾロアスター寺院

ゾロアスターです。
ゾロ②

分かりやすい 看板です。
ゾロ③

A.D.400年頃から燃えてる 火
ゾロ④



ゾロアスタ-
ゾロ➄

いろいろみました。
ゾロ⑥

ゾロ⑦

DSC08939.jpg
[ 2016/10/29 20:21 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国  ⑦

ヤズド郊外の荒野
沈黙の塔

ゾロアスター教徒の遺体を葬る鳥葬の場所です。
現在は使用されてません。
ハゲタカもいません。

暮れかかってますが、
これが ゾロアスター教の(上級者)の鳥葬の場所です。
ヤズドの鳥葬塔


その場所まで登りました。
登りました

・・・・・・・・・・。






無事に降りて振り返ると 
沈黙の塔は すっかり暮れてしまいした。
暮てしまった鳥葬の沈黙の塔



これは 沈黙の塔 からみた
ヤズドの街
上からヤズドの街



(去年 イラン大使館では、鳥葬ではなく風葬といいます。といわれましたが
ガイドさんは鳥葬。沢山の本も鳥葬 。といいますので 鳥葬にします。)


ヤズド
イランにおいて古い歴史のある町です。
ゾロアスター教文化の中心地です。
キャビール砂漠とルート砂漠の交わるところ。
シール・クーフ山脈とハラーネグ山脈の谷間にある
オアシス都市です。
1年を通じて寒暖の差は激しく、夏は40℃ 冬は-20℃が記録されてます。
ヤズドには、
砂漠型の伝統的ペルシア建築における優れた例となる建築が複数あります。
又、世界最大のカナート網を持ち、その職人の腕は最も熟練したものとされてます。
ヤズドのカナートは地下40m位にあり、90kmに及ぶものがあります。
旧建築の多くはバードギルと地下室を設けてます。
近くの山地にはヤフチャール(氷室)を備え
ヤズド建築として挙げられてます。


[ 2016/10/29 17:29 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国  ⑥

パサルガダエ王宮遺跡

パサルガダエは
キュロス大王が造営した
ペルシャ帝国 アケメネス朝最初の王都です。
今は、散在してますが
樹木の庭園、宮殿、聖火殿、聖火神殿、有翼牡牛の像(優雅な彫刻など)
帝国の最初の美術の性格がみられのだそうです。。

こんな道を進みます。
こんな道


遺跡の南端の 
キュロス大王の墓
キュロス大王のお墓

墓 と、要塞 と、二つのペルシア式庭園があり
全体の構造は
なんと、免震構造でシンド7に耐える構造とのことです。
が、
私は、全く理解する事ができませんでした。
遺跡


最も重要な事でしょう。
水路の確保・・・・
今は水は流れてません。
水路

石ですね・・・
石

楔形文字が、見えます。
楔文字


水が豊富であったのでしょう。
礫砂漠に
なんと 魚 です。
魚

ソロモンの母の墓 と呼ばれていた宮殿跡
免振構造




パサルガダエから少し北上したアバルク村というところに
 ↓ のようなモノが、ありました。
なんでしょう・・・
まさか・・・・
バベルの塔 ではないでしょうね。
似てます・・・・
アバルク村の氷室
これは100年くらい前の物らしいです。イランにはいくつかあります。
氷室 です。
自然の冷蔵庫です。
夜は極端に冷える砂漠の気温差を利用してます。
深く水を貯めて軽くなった日中の暖かい空気は上昇し頂上から逃げます。
入ってみましたが、外側よりかなり涼しく 快適でした。


氷室の中から上を見上げました。
中で上を見る

[ 2016/10/29 15:38 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国 ➄ 

ナグシェ・ロスタム遺跡
ナグシェ・ロスタムは
ペルセポリスから 北西に車で15分位の所にあります。
アケメネス朝歴代の4人の王のお墓4つがあります。
高さ 40~50mの絶壁に刻まれております。
ダレイオス王は、その2号墓で(唯一銘文があります。)
ナグセ ロスタム遺跡ダイオレス1世他
きれいに撮影された写真を見つけました。  ↑
4つの王墓は十字形に切り込まれてます。
キリスト教・ユダヤ教・イスラム教 は、発祥が同じ宗教なのだそうです
ので
それらに先立つ拝火教(ゾロアスター教)は、
もしかしたら 十字形 の祖先(?) 。


右から2番目ダレイオス王の王墓
ダイオレス1世


上の写真の左下の 浮彫
ササン朝のシャプール1世が、
ローマ皇帝ヴァリアヌスを捕虜にした時
(A.D.260年)
ササン朝シャプール1世が
ペルシャ人の誇りとする浮彫。

拝火教(ゾロアスター教)の聖殿か  と、いわれてる
方形の建物。
方形の建物拝火教の神殿


拝火教(ゾロアスター教)のアフラマズダ から
王権を受けるアルダシール一世
       ⇓
ササン朝ペルシアの誕生(AD226年)
アフラマズダから王権を受けるササン朝ペルシアの誕生226AD
これをみるために はるばる日本からやってきました。

サフラン
sahurann.jpg
もしかして 原種(?)
そんなはずはないです。
[ 2016/10/29 13:47 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国 ④

シラーズの
こんなにきれいな ナシール・アル・モスク
(ローズモスクともいわれ)
ステンドグラスからの光が美しいです。
窓が低いのできれいになるそうです。
DSC08544.jpg
きれいな御婦人が、偶然わたしのデジカメの中に入りました。

シラーズの中心部からも岩山がしっかり近いです。
白人の外国人観光客も スカーフです。
DSC08554.jpg


どうやら サッカーのデモンストレーションのようです。
イランの有名なサッカー選手でしょうか・・・・
DSC08564.jpg


全部たべたような気がします。
(キャビア以外・・・・。 キャビアは禁止されてましたが、‘チョウザメには鱗がある’と決まり 今は貴重な輸出品だそうですね。)
典型的なイランの料理 ↓
img160.jpg



イランはバラのお国だそうです。
きれいなバラが沢山あります。
エラム・ガーデン ↓
(シラーズ大学付属植物園)
DSC08750.jpg


イランは 詩 が、盛んな国です。
すぐれた詩人がいます。
その中でも
イラン国はシラーズ市民の誇り 詩人ハーフエズの廟
ハーフエズ廟
DSC08741.jpg

ホテルのお土産やさん
DSC08753.jpg

[ 2016/10/28 20:47 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国 ③

ペルセポリス

シラーズの北東60kmにペルセポリスがあります。
ペレスポリス
ペルセポリスはアケメネス朝ペルシャのダリウス一世がBC520年に築きはじめました。その頃はスーサが政治の中心でありましたのでここは王の儀式・祝祭・属国からの謁見等をおこなう神聖な役割を持つ都であったようです。


目的地までのバスから見えるのは、
茶・赤・黄の筋が入った不毛の岩山と荒野です。
木は殆んど無く、草がポツリポツリと岩石砂漠・礫(れき)砂漠というようで痩せた土地です。
はじめはめずらしかったのですが、
この状態が続きます。
この国の都市は、このような厳しい条件の中で 
水のある オアシスから発達したのでしょう。

さあ、ペルセポリスが見えてきました。
DSC08581.jpg

ペルセポリス王宮全景    古代オリエントの美(週刊朝日百科)より
ペルセポリス

クセルクセス門    古代オリエントの美 より
クセルクセスの門

DSC08604.jpg

アパダーナ(謁見の間)
宗教・国事などの儀式が行われたもっとも重要な場所
本来36本の柱に支えられた
レバノン杉の屋根がかかった巨大な部屋でした。
ここで 王は諸国の使者を謁見しました。
アパダーナ謁見の間





アバダーナ(謁見の間)の東階段のレリーフ
西はリビア 南はエチオピア
北はスキタイ 東はガンダーラ
に至る23の属国からの使者の像がきざまれ
糸杉によって区切られてます。
アケメネス朝ペルシアは
古代オリエント世界を統一し
世界の中心として栄えました。
朝賢者行列浮彫

これを見るためにはるばるやってきました。 ↓
大切ゾロ

ダレイオス一世 の宮殿
DSC08687.jpg


ゾロアスター教のプラヴァシ
ペレスポリスの聖像プラヴァシ




お土産屋さんの飾り・・・・
DSC08693.jpg



[ 2016/10/27 09:34 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国 ②  

イランの地図です ↓
隣接する国は
イラク・トルコ・アルメニア・アゼルバイジャン・トルクメニスタン・アフガニスタン・パキスタン。
日本語表記はイラン・イスラム共和国。通称イラン。
 1930年代までは‘ペルシア’として知られてました。
世界有数の産油国です。
イラン地図
イランの歴史は古くB.C.3000年以来
B.C.500年頃 アケメネス朝が興り  
キュロス大王がペルシャ帝国を建国
古代オリエントの広大な領域を統治しました。
アケメネス朝は
マケドニア王国のアレキサンダー大王に滅ぼされるまで(B.C.330年)
すばらしい文明を謳歌しました。
政治は善政でユダヤ人のバビロン幽囚を開放しました。
又、ゾロアスター教(拝火教)を統治の理念としました。
その後、国土は分離し、いくつかの朝が登場し
226年 ササン朝 が建国されました。
ササン朝は度々ローマ帝国と軍事衝突し260年シャプール1世はローマ皇帝を打ち破りました。
(A.D,260年)
イランの方々(ササン朝ペルシャ)が誇る歴史上の事件です。
ナグシェ・ロスタムの摩崖王墓にその浮彫があります。
この事実からも わかるように
ササン朝はローマ帝国やイスラム帝国に大きく影響を与えました。
7世紀に入ると、
アラビア半島に興ったイスラーム勢力に敗北を重ね
651年を最後に、
皇帝が亡くなるとササン朝ペルシャは滅亡しました。



[ 2016/10/26 19:28 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

櫟野寺の十一面観音

平安の秘仏 滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち  展
にいってきました。
今回は 東博です。
大きな仏様のちらし広告は 迫力ありました。
もうこれだけで、充分 ヒトをひきつけます
のに
観音や仏様の像が多い魅力ある琵琶湖畔からです。
最近でも、藝大展が2回、kannonアンテナ等 滋賀・琵琶湖畔は上野で燃えてます・・・
少し前には、渡岸寺のあの十一面観音さまにもおいで戴きましたね。

櫟野寺の11面

会場に入って やっぱりびっくりのその大きさ。
堂々とふくよかで謹みのあるお姿は感動です。
甲賀様式という様式の存在を初めて知りました。

比叡山延暦寺の末寺 櫟野寺(らくやじ) から
秘仏である御本尊の十一面観音菩薩像 を
含む20体の平安仏が一堂に会してます。
すごいです。
‘甲賀地区の天台文化を偲ぶ’ いえ、学ばせて戴きます。 



櫟(いちい)は、
イチイ科イチイ属の常緑針葉樹
と、
ブナ科コナラ属の常緑広葉樹  が、あるそうです。
櫟野寺の樹齢2000年を超すイチイの切り株も広葉樹のイチイガシであるようです。
☆ この度の御本尊様はヒノキ材で彫られてます。 ☆
甲賀は、材木を切り出す山 と、それを運ぶ川 に恵まれましたので
叡山に距離も近く
仏教史上重要な地域でありました。
甲賀様式が生まれ そして その中心は櫟野寺の仏たちでした。
櫟の木
私見ですが、 十一面観音 の、坐像は なぜか数少ないように思います。
(特に国宝、重文クラスにおいては、立像が圧倒的に多いでしょう・・・)
ところで今回は、坐像の仏さまは3体きてます。
あと二つは、
如来さま と、これも坐像が珍しい地蔵菩薩坐像 です。

この度の仏像20体は
平安時代(10世紀から12世紀) に、かけて造られたものです。
保存状態は全般によく 特に本尊を含む坐像3体はよすぎます。
技術も高く思いました。 格調高く  密度の高い空間をきずいてました。

私は、イラン観光旅行からおととい帰ったばかりなので、
このやわらかな しっとりとした雰囲気には圧倒されてしまいました。
イランの荒っぽい岩山・砂漠・埃 との差です。
この湿度がいいのです。
イランは一般名ではペルシャともいいます。
ギリシャ神殿にも影響を及ぼしたと云われてるペレスポリス遺跡・・・・
一部には鳥葬・風葬などなどの過去を持ってます。

なお、
現在、イラン人は日本人に対して とても好感を持って接してくれます。
(不思議に思いました  が、これはもしかしてイランの国策ではないでしょうか )
観光程度の滞在ですが、
 ‘中東・テロ’ のイメージは、全く間違ってます。


買ってよかった 櫟野寺展の図録
美しい緑の 甲賀・櫟野寺周辺の おだやかな風景写真・・・

少しづつ読んでゆきます。



[ 2016/10/24 12:05 ] 展覧会 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国 ①

中東のイランイスラム共和国を観光してきました。
成田から11時間余 エミレーツ航空でアラブ首長国連邦のドバイ空港に到着 ↓
UAEドバイ空港 (1)
2年前に来た時から大きく変わってました。
緑豊かなロマンチックなあの温室は無くなり 
さらにさらに巨大な空港になってました。


ドバイからほとんど垂直に北に向かって エミレーツでテへランまで2時間余
エマーム・ホメイニ国際空港に到着です。
同じ産油国の飛行場なのにドバイとはえらい違いです。
テヘランエマームホメイニ国際空港
一昨年、アゼルバイジャンに行ったときとほぼ同じコースの飛行です。
今回は
窓際でなかったので 岩山・砂漠・オアシス都市の景色を上から見ることができませんでした。





さっそく観光です。
コレスタン宮殿 (別名 ‘鏡の宮殿’ )
ゴレスタン宮殿
19世紀ガシャール朝の頃から20世紀パフラヴィー朝までに建て増しを繰り返してきた宮殿です。
歴史あるイランの中では 新しい建物です。
ペルシャ式の庭
ペルシャ柄のタイル 絨毯 壁も天井も鏡のモザイクで輝くキラキラの部屋 高級な食器 各国からの献上品
シャー時代のペルシャの栄光(・・とか・・・)



そして 次は 絨毯博物館 です。
これも1976年に出来たばかりの博物館です。
絨毯博物館


このように1枚全部の図柄の物は作り方が難しいのだそうです。
絨毯博物館


なんと、この後 国内機で1時間余 シラーズまで・・・
テヘランの空港
シラーズ行きの待ち時間 ↑

やっと、シラーズにたどり着きました。
成田から何時間・・・・
ヘトヘトです。












・・・・・・・・♪・・・・・・



イラン観光の前に
イランへ調査研究のために訪れた方から
イランの御本を沢山お借りする事ができました。 ↓
頑張って予習しました。 
おかげ様にて 現地では楽しい時間が過ごせました。
イラン予習
私にも理解できるような解りやすい御本を4~5冊選んでいただけましたので
ホント、よかった。

それから  
現地で買い求めたという貴重なDVDをお借りしました。
馬の耳に念仏 とはこの事でしょうが、
拝見するに楽しく面白く 幸 でありました。
イランのDVD

[ 2016/10/23 23:24 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

文菊師匠 素処寄席

古今亭文菊師匠の素処寄席です。
開演前の賄いの様子・・・
料理


座布団1枚あれば、どこへでも行きます・・・
流し台の上でもやりました・・・
すっかり 売れっ子になりました。
鰹 (2)
本日は、 抜け雀 でした。
江戸時代の旅の厳しさ や 恐ろしい‘駕籠かき’ の説明を冒頭で。


終わって
美味しいお酒と肴
鰹 (1)


これはまあ、文菊さん
カラフルなフアッションです
師匠
各、お席を叮嚀に廻ります。


女将さん
素処いち



文菊師匠と成田屋さんとが、仲がいいのは有名な話。
会食中、フアンの方が 海老様の写真を見せてくれました。
そこさん JPG (2)


今日は、銀座でパレードがあるので、
待ち合わせは、時間をづらして 混雑を避けました・・・
帰ってニュースをみました。





[ 2016/10/07 23:54 ] 劇場 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

Baroque

Author:Baroque
ここに引越しました。
本は友達!
絵(ルネッサンス・マニエリスム)音楽・お相撲・歌舞伎・お能・文楽・落語、・食べること大好き。

・・・・・・・・・♪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


Baroqueの優雅な昼下り
  http://fzksakura.blogspot.com/
もよろしく。

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