Baroqueの優雅な昼下り②

ここに引っ越してきました
Baroqueの優雅な昼下り② TOP  >  2016年11月

九州場所12日目

何たる男よ
 三横綱を3日間連続で倒しました。
横綱に三連勝
(写真は稀勢にゃん)

混沌としてきた 九州場所。
巴で、稀勢の里 優勝!
そして ヨコヅナへ。

[ 2016/11/24 18:30 ] 大相撲 | TB(0) | CM(2)

大相撲九州場所10日目

本日の稀勢の里   ↓
なんたる男よ。

20161122181448d74[1]



今日は、九州場所の千穐楽デシタ。
明日は まけてもいいです。
(日頃の性格が悪いから・・・・です。生活だったかしら・・・)
テッポウ厳禁
写真拝借しました





[ 2016/11/22 18:20 ] 大相撲 | TB(0) | CM(0)

九州場所7日目

7日目、
牛久はお通夜でしょうが・・・・



面白い写真デス  
正代関の お祖母様  正代正代(しょうだいまさよ)さま  ↓
  
 201611191833429bc[1]






みんなガンバレ

[ 2016/11/19 18:11 ] 大相撲 | TB(0) | CM(0)

九州場所6日目

6日目デス。
ラジオ放送を 淡々と聞いてます・・・

フランスの新酒 ↓
(ペットボトル  898円)
今年もやってきました。この季節!
例年、九州場所の時が 解禁の日 だったかしら・・・
去年は何時!
心許ない 記憶 だわ。
お味はよくわかりませんが、
新酒なのに 一夜明けて   本日になってからの方が
おいしい ような気がします・・・・
DSC_0101.jpg
な事を、言ってるるうちに
思ってもみなかった 遠藤 ・・・・・・・・♪
☆彡✨☆彡✨ キラキラ遠藤 金星!


[ 2016/11/18 19:50 ] 大相撲 | TB(0) | CM(0)

クラーナハ  展

クラーナハ展にいってきました。
とても、楽しみにしてました。
沢山のクラーナハの作品でした。
img164.jpg
画集ですっかりお馴染みですので、
何回もみてるような気がしてましたが、日本初のクラーナハ展
「クラーナハというよりも  クラナッハ(1472~1553 ) になれてます。」
北方ルネサンスも大好きですので、何故か 最近では デユーラーと間違えて、
クラナッハイメージするとき、 デユーラーから切り替えるという作業が加わりました。




ヨーロッパの美術館で数多くみてますが、
ポツンポツンと 数多くみすぎて どこでどの作品をみたのかが
わからなくなってます。
そして
こうして 日本でゆっくりみると 案外 絵が小さいのに驚いてます。
又、先取りしてる新しいセンスにも・・・
ヴィーナス
展覧会の副題名の 500年後の~ という事は、 何が・・・ とおもいましたら
1517年からの宗教改革から・・・
クラーナハがはルターと親しかった   という事のようです。

宮下規久朗氏の新聞記事を参考にして・・・・  ↓
ドイツで起こった宗教改革によって聖像破壊の嵐が吹き荒れ
多くの画家は制作停止に追い込まれました。(グリューネヴァルト、リメンシュナイダー等)
デユーラーは、聖母像を描かなくなり、
アルトドルフアーは風景画というジャンルを創始しました。
クラーナハは、
ビーナスやルクレテイアといった異教徒的で官能的な主題に活路をみいだしました。
それらにはイタリア的なおおらかなヌードとは異なる
淫靡で怪しいエロテイシズムがただよっています。
宗教改革による価値観や美意識の混乱が生み出した特異な芸術でありました。
宮下先生の解釈が素晴らしいです。
五百周年記念の 副題も、さもあり南無。

それから 気になる(父) は、(子)が、同じ名前だったという事で、圧倒的に(父)のほうが、活躍の度は高く
上手(じょうず)なほうは(父)のようです。



ヴィッテンベルグの宮廷画家で大型の工房を持ち大量生産してたようです。
ヴィーナスとクビド







ピカソも挑戦したようです。
この作品ではないですが、ホンモノのリト作品はよかった。
ピカソのリトグラフ
でも、ピカソの挑戦は、 
お国の先輩ベラスケス への尊敬の意とは、比べる事はできません。 
苦労してるわりには
あまり 成功してる とは、言い難いようにおもいました。
(熱意も少なかったのかしら)

遠くで岸田劉生に似たような絵だわ・・・・と、思ったら 
ホンモノ でした。劉生は、影響を受けたのだそうです。


何年か前  オーストリアのインスブルックで みました。
クラナッハの聖母子像1520年インスブルック大聖堂聖ヤコブ教会
クラナッハ 聖母子像 (1520年) インスブルック大聖堂 聖ヤコブ教会

写真が見つからず、お借りしたモノです。 よくわかりませんね。
現場では、もう少しよくみえました。
クラナッハ初期の作品か(?) と思いました。
[ 2016/11/13 15:34 ] 展覧会 | TB(0) | CM(0)

この樹なんの樹

♪ この樹なんの樹  
 ♪ 気になる樹~  🎶
先日、テレビCMをみて
この木を思いだしました・・・・
モンキーポッド
日立の樹 すてきです。
ハワイ オアフ島 にあるモンキーポッドという木だそうです

モンキーポッド
学名 Albizia saman, Samanea saman
熱帯アメリカ原産
マメ科 ネムノキ属
常緑高木
別名 レインツリー アメリカネムノ木

現在のCMは
日立の第9代CMだそうです。
HITACHIのページ
日立の樹プロフイール



突然ですが、
トランプ氏のわかかりし頃
若い頃のトランプ氏
現在は
190cm 105kg だそうです。
この数字だけ見ると
新弟子検査は かるく合格です。




九州場所前
新弟子検査

ヤング一郎君(18歳)  ↓
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武蔵川部屋のHPからE-mailで応募   
お父さんがアメリカ人
お母さんが日本人   だそうです。




永谷園がついに復活!   ↓
11月の商品から  順次
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まだ店頭では、お目にかかってません。


[ 2016/11/10 17:36 ] 徒然 | TB(0) | CM(0)

地下鉄 清澄白河から門前仲町 付近

お相撲・歌舞伎・落語に登場する町 深川辺りを
お散歩してきました。
道中 手に入れた
江東区イラストマップ ・深川食べ歩きマップ を、
片手に・・・・
清澄通りを南下します。
このマップはスマホよりかなり親切です。

①清澄白河駅から 清澄庭園(スタート)
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清澄庭園といえば、紀伊國屋文左衛門(元禄) 
明治には三菱財閥が買取り 日本有数のお金持ちの家の庭です。
本日は後があるので 外からの拝観 にしました。

②霊巌寺
  松平定信の墓
  この地名の由来の 陸奥白河藩主松平楽翁公之墓 
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寛政の改革 などを、成し遂げました。
例の
‘ 白河の清き流れに魚住まず元の濁りの田沼恋しき ’

清き楽翁公。



③深川江戸資料館
ちょうど、その奥州白河の物産展 が、催されてました。
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お蕎麦でも買おうかともおもいましたが、後があるのでやめました。


④ 1回休み
館内は大鵬展でした。
大鵬さんは、清澄に住んでたそうです。
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➄振り出しに戻る
  (南下する予定が、間違えて清澄通りを北上しました。)
  両国の方へ足がむきました。
  大嶽部屋(大鵬道場)は何処?
 
  中村芝翫旧邸
  DSC_0072.jpg
偶然見つけました・・・。
今、話題の四人同時襲名 成駒屋 ですね。


 間違いに気がつき 今来た道をバスで ひきかえしました。


⑥ 深川ゑんま堂
   やっと 到着
   DSC_0077.jpg





今回は、ほとんど これが目的
DSC_0073 - コピー





曽我五郎
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助六ですね。 成田屋!

⑦ 富岡八幡宮
相撲好きなら 一度は行ってる 由緒ある八幡様
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お天気のよい休日なので 七五三 のお参りでとても賑やかで晴れがましい富岡八幡さま 


伊能忠敬像
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前に来た時は、あったかしら・・・?

深川めし
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ここのが一番おいしい  と、聞いたので・・・
とても おいしかった。何よりも量が多く お腹いっぱいになりました。


深川永代寺
成田山深川不動堂
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深川永大寺は富岡八幡宮の別当です。
内仏殿参拝が出来 いろいろお願いができます。

知人のコンサートがあるので 拝聴しました。
心を込めた手造りコンサートは、胸を打つものがあります。



その後、月島まで出かけました。
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もんじゃ焼き ではなく、焼きそば にしました。
月島温泉 という銭湯です。

深川架空都市巡りでした。


[ 2016/11/06 19:01 ] 展覧会 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国  ⑰

テヘラン

イラン国立考古学博物館(バースタン)


この博物館は
二つにわかれてます。
古代からササン朝までのペルシャ時代
アラブからイスラムが入ってからの時代    です。

私は古い方にのみ行きました・・・・
イラン国立考古学博物館

古い時代のペルシャ
   ペルシャ時代





エラム王国は
旧約・新約聖書にも言及されてるそうです。
イラン南西部にBC3000年中葉~BC7世紀まで栄ました。
この地方は 
木材・鉱物資源が豊かな 山岳地帯
と、
豊かな水を灌漑によって利用した平野部
によって占められてました。
独自の文化を築きその文化遺産は多数出土しました。
(ルーブル美術館・スーサ博物館・イラン考古学博物館に分蔵)
エラム王国は三期に分けられます。
エラム古王国 BC2500頃~BC1500
エラム中王国 BC1275~BC1240
エラム新王国       ~BC742

土着の種々の民族によって構成されていたようです。
プロト・エラム文字という絵文字
その後の線文字
もあったようですが、これらは
解読されてないようです。

エラム王国 チョガ・ザンビル のジッグラト  (おそらく BC12ごろ  )
ペルシャのジックラトさん


   ペルシャのジッグラトい




   ペルシャのバベル
ジックラトはメソポタミアの聖塔で、神々が神殿に降臨するための門でありました。
本格的ジッグラトは BC2100年ごろ現在のイラクのウルがメソポタミアを統一したこ頃
ウルの主神(月神)の神殿を建て 付属する
聖塔ジッックラトを建造しました。
BC6世紀頃までにメソポタミアやエラム(現在のイラン)に造営されました。
エラムには 30くらいの存在が、証明されてます。
最も保存状態のいいのは ‘ウルのジッグラト‘です。

エラム王国のチョガ・ザンビルには行きませんでした。
が、
イランでは、これが一番良い状態で保存されてるそうですので、
少し調べました。
1935年の油田の調査の時に偶然発掘・発見できたそうです。
50mはあったと思われる 聖塔です。
西イラン

西



チョガザンビルの模型
キリスト教圏とくに ヨーロッパでは、これが バベルの塔 と、言われてる事が多いそうです。
まあ、そう遠くはないですし、あり得る事ではあります。
十字架 といい、
バベルの塔 といい
機能性と美しさ が、抜群のこれらは、宗派を問わず  
偶然か、真似か は、わかりませんが 素敵です。




時代は、下ってアケメネス朝です。これはペルセポリスですね。
   DSC09402.jpg




ペルセポリスの謁見の間 への階段
ダレイオス大王
      ダレイオス大王とクセルクセス(左)


ペレスポリス100柱の間の柱頭の飾り
    DSC09405.jpg





パルテイア朝の貴人の像  ↓
この像は、日本に来た事があるそうです。
(教科書などで見たことがあります。)
この像を拝見した・・・・・というだけで
アケメネス朝 と、ササン朝の間に 時代的に位置してる
パルテイア朝を 少しだけ調べてみました。
博物館でみただけです。
アレキサンダーの東征とセレウコス王朝の支配(BC4~BC2ごろ)には、
ヘレニズム文化が移植されました。この時期の事はほとんど知られてません。
セレコス王朝はシリアのアンテイオキアを都にしました。
イラン高原東北部のホラサンなどはそこから独立したようです。
それから
アケメネス王朝の属州パルテイアに侵入しました。
アルサケス朝パルテイアの歴史がはじまったようです。
アルサケス1世は間もなく亡くなり弟のテイリダテス1世(BC211)
が継ぎ ヒオルカニア、メデイアなどイラン北部・西部へ進出 
さらにバビロンなどのメソポタミアを占領し
イラン高原南部の スシアーナ、ペルシスなどを征服しパルテイア帝国を樹立しました。
東はサカ族を征服し  メシポタミアからアフガニスタン南部にいたる広大な領域を支配しました。
セレコウス王朝に変わったローマ共和国が、メソポタミア、アルメニアなどと衝突し
内乱などもありササン家のアルダシール(224~240)にやぶれ
アルサケス朝パルテイアは滅亡(226年)

アルケサス朝パルテイアは、
前代のアケメネス王朝 と、 次代のササン朝がイラン的色彩が濃厚な文化を創造しましたが、
ヘレニズム文化を積極的に受容したので
非ペルシャ的色彩が濃い。
しかしながらイラン国内の考古学研究があまりないため資料がほとんどない。
これに対し いらく、シリア、トルコメニスタン、アフガニスタンなどの周辺都市遺跡は、発掘され
両隣接地区の美術はその不足を補足してます。

アケメネス朝後 の   パルテイア朝の貴人立像(BC1~AD1、ジャミー出土、 ブロンズ194cm)
これは日本に来た事があるようです。
    アケメネス朝パルテイア王子


このパルテイア朝の諸都市の都市設計プランは、円形(楕円)が多いそうです。
中心から四方に大路を配し東西南北に4っつ門があります。
(ウズベキスタン、 タフト・イ・スライーマン、ハトラなどに遺跡がある。)


タフト・イ・スライーマン遺跡
中央におおきな池がある。
タフトイスライーマン遺跡







ハトラの都城跡平面プランと都城跡の中央部分

イラン北部モールス市90kmハトラ(現、アル・ハドル)
この時代のもので、最もよく保存されてる。

ハトラの都城跡平面プラン


アッシリア、ヒッタイト、メデイア、ホルムズ、西トルキスタンなどでも発掘されてる。



        ・・・・



ハンムラビ法典のコピー
(本物はパリ・ルーブル美術館にあります。)
BC18世紀後半 イラン・スーサ出土
上部 太陽神が、立ち上がったハンムラビ王に法典をさづける場面。
     ハンブラビ法典のコピー


ハンムラビ法典の楔形(せっけい)文字
     スサ出土 クサビ文字



         ・・・・


ギーラン出土の椀  ササン朝
        DSC09416.jpg

ギーラン ササン朝    ↓
     DSC09417.jpg

帰えってから
吉川弘文館
深井晋司・田辺勝美 著
ペルシア美術史

楽しく読んでます。




これで、今回の 架空都市 は終わります
[ 2016/11/02 23:39 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国 ⑯

テヘラン
テヘランはイランの首都
人口1100万人
イラン北西部の標高1400mにあります。
北部にアルボス山脈があり その北側はカスピ海です。
テヘラン中西部
ドバイからほぼ垂直に上ってテヘランに到着
その後、国内線でシラーズ下り
そしてシラーズから再びバスでほぼ垂直にテヘランに戻りました。
ガラス博物館 と、イラン・バスタン博物館の見学です。

ガラス博物館 (アブギネ博物館)
邸宅博物館です。
大使館にもなった事があるようです。
ガラス博旧邸宅アブギネ



これを見に わざわざ日本からやってきました。
ギーラン州出土 6世紀ササン朝ペルシャ
アブギネ博
テヘラン北のアルボス山脈・一山こえて カスピ海沿岸にギーラン州があります。
降水量の多い土地だそうです。

DSC09365.jpg


DSC09362.jpg


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深井晋司著 ペルシャのガラス オリエント選書12
         日本オリエント学会監修 東京新聞出版局
とても 解りやすく、✌('ω'✌ )三✌('ω')✌三( ✌'ω')✌楽しいです。ワクワクする本です。

          
                ・・・・♪・・・


 正倉院の宝物(旧御物)

正倉院白瑠璃椀
正倉院白瑠璃椀 



こちらは安閑天皇陵出土 6世紀前半 国立東京博物館蔵
安閑天皇 6世紀 東博 - コピー
正倉院のと そっくりですが、正倉院のが数段質が高いそうです。


瑠璃杯
瑠璃杯 コバルト 正倉院



漆胡瓶
漆胡瓶 胡はペルシア 鳥

さあ、さあ、さあさあさあさあ・・・・
見て下さい。
貴国  ペルシャ(胡)の御品は、ここありますよ。
こんなに いい状態で、
こんなに いい保存  で
こんなに 大切に・・・・・

日本って凄いんですよ 
日本人ってすごいんです。

これだけで油1000年分の価値あるでしょう・・・・。
仲よくしましょうね。




[ 2016/11/02 20:54 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イスラム・イスラム共和国 ⑮

テヘランに向います
カシャーン
シャー・アッバース大王の造った美しい庭園
フインガーデン
ここも 水です・・・・
上手く高低差を利用して水が巡回できるように設計されてるそうです。
カシャーン アッバース1のフインガーデン

今度は宮殿です
サーダバード宮殿
パーレビ国王の旧夏の離宮
広い広い宮殿 です。沢山の建物がありました。
水が豊富なのでしょう・・・
豊な樹木で覆われた宮殿です
彼の弓は、領地の限界を決めます(イラクとの国境とか・・)
DSC09465.jpg


テヘランへの途中 アビネ村 にゆきました。
2000m高さにあります。谷の斜面の階段状に建つ家々
この村は 水がとても豊富です。
イランの柘榴。
アビヤネ村の柘榴
イラン西北部から南西部にかけてザグロス山脈があります。
柘榴の名前の由来かともいわれてるようです。
もしかして原種(?)
そんなはずはないです。

こんな道をドンドン バスで進みます。
礫沙漠というようです。
礫砂漠


テヘランに向かう途中 塩湖もありました。
遠方白いのが、塩湖だす。
塩湖に





テヘランでは一般家庭訪問 という事です。
思ってた雰囲気とは違いました。
かなり ハイソな御家庭です。
テヘランの北側 の高級な住宅地区のインテリ家庭
一般家庭
チャイタイムは素敵でした。
夫人と共にハンサムな御長男の おもてなしは うれしかった。
(アメリカ在住・只今帰国中・・・トカ)
[ 2016/11/01 19:54 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

Baroque

Author:Baroque
ここに引越しました。
本は友達!
絵(ルネッサンス・マニエリスム)音楽・お相撲・歌舞伎・お能・文楽・落語、・食べること大好き。

・・・・・・・・・♪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


Baroqueの優雅な昼下り
  http://fzksakura.blogspot.com/
もよろしく。

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