Baroqueの優雅な昼下り②

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王子稲荷神社

正一位王子稲荷大明神 に行ってみました・・・・

正一位王子稲荷大明神
この辺りは上野のお山から 道灌山 飛鳥山 と 低い山が続き、
江戸時代 飛鳥山あたりは、お花見で賑わい
その名残が現在でも、僅かにうかがう事ができてうれしい
かっては 富士山や筑波山を見る事ができたようで
都内は 関東平野 であることを認識します。

その山(坂道?)を登って下りてきました。

鍵のお狐さま↓  と、            霊のお狐さま↓
お狐さま鍵 お狐さま



境内は二千坪 昔はこんもりとした杉の大木に包まれ昼なお暗く
山中には沢山の‘狐’が安住してました。
その跡は お穴様として保存されてます。
狐の穴


社宝は 柴田是真の‘茨木’(1814年) の扁額があります。 
柴田是真の茨木1814年 - コピー


柴田是真 の鬼女図額面1840年
これは お正月 と 初午 のみの公開だそうです。
これを初午の時に拝観した いづつや氏におおいに刺激され
今回の正一位王子稲荷大明神になりました。
写真 ↑ は、その貴重なものの借用です。


毎歳十二月晦日の夜
狐 沢山集まり明年の豊凶を卜す。

広重 名所江戸百景 王子装束ゑの木 大晦日の狐火(1857年)
王子 大晦日の狐火
集まった狐たちは装束を調えてからお参りします。
なお、装束稲荷神社は 400m東にあります。



広重 名所江戸百景  (奥に筑波山が見えます)
広重 名所江戸百景 奥は筑波山


王子稲荷神社は明治維新まで
近くの王子権現
(王子神社・本社は熊野王子権現 地名の由来)とともに
王子両社と称して氏神として崇められてきました。
(江戸時代の神仏習合時代によって
禅夷山東光院金輪寺の別当として。
その後、明治政府の神仏分離政策で
廃仏毀釈。 
金輪寺は二坊を残して廃寺になりました。) 御由緒書等より



日本は穏やかに大らかに多くの宗教を取り入れてきた といわれてますが、
歴史に翻弄され 国政に動かされては いますね。
ミシマ曰く の、 ‘一つの宗教を殺して・・・別のを取り入れる。’
の 激しさ が 諸外国程ではないようにおもいます。
そこまでしなくても 海に守られ こじんまりと・・・
生きてこれました


私にとって、王子は 落語の 王子の狐 (きつねがひとにだまされる) を、真っ先に思い出す地名です。
場所柄 毎度お馴染みではありますが・・・
ですから
新鮮味に欠けますが・・・・
以前 扇屋の玉子焼きをよく買いました・・・
甘すぎるので肴には チョット・・・
酒にはいいのかしら・・・、ビールにはチョットデス。
(まだ、売ってるの?)




[ 2017/03/05 23:55 ] 旅行 | TB(-) | CM(-)
プロフィール

Baroque

Author:Baroque
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絵(ルネッサンス・マニエリスム)音楽・お相撲・歌舞伎・お能・文楽・落語、・食べること大好き。

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