Baroqueの優雅な昼下り②

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春のうららの隅田川

🎶春のうららの隅田川~
本日は 春のうららのような
横綱稀勢の里 と、 付き人翔傑 のお話
隅田川両国から舟に乗って浅草 - コピー
↑ 写真は、4月8日の隅田川  曇り日・夕方!



そのお話を
ネット逍遥してるとき見つけました。
(日刊スポーツ新聞 4月7日 今村健人)

  新横綱稀勢の里(30=田子ノ浦)の劇的な逆転優勝で幕を閉じた大相撲春場所。
その瞬間を最も近くで固唾(かたず)をのんで見守り、思わず声を張り上げて興奮した“同志”がいた。
7人の付け人たちだった。
その中の1人、40歳の三段目翔傑(芝田山)だけは、稀勢の里の兄弟子という立場で新横綱を支えた。

 芝田山部屋の若者頭、花ノ国の推薦もあって
横綱の付け人に就くことが決まったのは、
昇進伝達式翌日の1月26日の綱打ちの日。
ただ、当人には突然の知らせだった。

田子ノ浦部屋付きの西岩親方(元関脇若の里)から
「まだ、やめないよな!?」と念を押されても、最初は何のことだか分からなかった。
「横綱の付け人がころころ代わっては困るから」と言われて、初めて大役に就くことを知った。

 「10歳も離れた年上の自分がいたら、やりづらくないだろうか」。
そう思いながら横綱のもとへ行くと「よろしくお願いします」と握手をされた。
ならばと心を決めた。
「自分の相撲は3。横綱の仕事が7。自分なりの気遣いでやろうと思いました」。
不惑にして初体験の場所が始まった。

 3日目の取組後、支度部屋で珍しく…いや、千秋楽を除けば初めて、笑顔を見せる稀勢の里がいた。

談笑の相手は翔傑だった。
「懐かしかったですね」と、横綱から話しかけた。

 この日のNHK大相撲中継では稀勢の里特集が組まれていた。
04年初場所13日目で幕下優勝を飾った決定戦の、懐かしい場面も放映された。
その決定戦の相手こそ、実は当時「駒乃富士」の翔傑だった。

 「テレビで流れたときは、お互い見合ったんです。
そして取組後に『13年前ですね』と、横綱から。
実は当時は国会中継のために放送されなくて、
おそらくお互いに映像を見れていない。
そのことを話すと『あっ、そうだった!』と」。

 稀勢の里を名乗る前の当時17歳の「萩原」と、27歳と脂ののっていた翔傑。
番付こそ全く違うが、同じように真摯(しんし)に相撲と向き合う2人が、かつて1度だけ交えた肌。
だからこそ、優勝を懸けた一番の思い出は余計に深く残り、
だからこそ、翔傑は横綱のためにと考えた。
だからこそ、稀勢の里にとっても“必要な兄弟子”だったのだろう。

 逆転優勝が起こった千秋楽の2番を見終えたとき
「すごい。本当にすごい」と感動していた翔傑は、
春場所最後の一番で勝ち越した自分を「横綱の力です」と笑い、感謝していた。
【今村健人】
[ 2017/04/13 20:29 ] 大相撲 | TB(-) | CM(-)
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