Baroqueの優雅な昼下り②

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仁和寺展

仁和寺と御室派のみほとけ 展にいってきました。

仁和寺阿弥陀如来坐像 平安時代888年 国宝
仁和寺阿弥陀如来坐像 平安時代888年 国宝


14日からの 葛井寺千手観音を待っての出勤でした・・・・
待ちに待った千手観音菩薩像
こういう方は多いのでしょうね
とても混んでました。





宇多法王像 室町時代 15世紀 仁和寺
宇多法王像室町時代15世紀仁和寺




弘法大師 平安時代 12世紀 大阪金剛寺  (重文)
弘法大師平安時代12世紀大阪金剛寺重文






☆三十帖冊子(空海ほか筆)
空海が、唐に渡った際に書写して
日本にもちかえってきた 三十帖冊子 は、
東寺 高野山 仁和寺 で護られた奇蹟の国宝といわれてる。


☆宸翰消息
国宝 後嵯峨天皇宸翰消息など
仁和寺には数多くの宸翰が伝わり その歴史をうかがうことができる。





聖徳太子像 鎌倉時代 13世紀 仁和寺   (重文)
聖徳太子像鎌倉時代13世紀仁和寺重文





観音堂が再現されてました。
普段は修行の場で非公開。
高精細のスキャナーで完全再現してます。
本尊である千手観音菩薩像に沢山の仏様やお守り達は圧巻でした。
須弥壇正面壁 内陣の壁画も色彩豊かですばらしかった。
仁和寺観音堂
このように 真言密教の雰囲気の仁和寺ですが、
創建当初は天台宗の寺院として性格づけられたようです。
創建の宇多天皇は、天台宗と深いつながりをもってました。
が、まもなく真言宗寺院になりました。宇多上皇その人の意志によるようです。
宗派変更はよくある事のようですが、
建立者自身によって、創建後まもなくの変更は あまりないようです。
宇多法王の個性によるところが大きかったと考えられるようです。



↓二枚は、会場で写したものです。
図録と照らし合わせると ‘本尊さま1+32 ’のようで
左16   右16    体 あれば いいようです。
32のいち

32のに




仁和寺は長い歴史のなかで幾多の災害に見舞われた。最大の苦難は、応仁元年(1467年)に始まった 応仁の乱である。乱によって京都全域が破滅状態となるが仁和寺も応仁二年東軍の兵によって堂塔のすべてが焼かれた。
応仁の乱から再興が始まるのは江戸時代初期のことである。寛永十七年(1640年)御所の建て替えが決まり翌年その殿舎が仁和寺に移築された。正保3年金堂において諸堂本尊の開眼供養がおこなわれた。20年ちがい年月をへてようやく応仁の乱からの再興を果たしました。
この再興に力を注いだのが 顕證(1557~1678)
である。








葛井寺 千手観音菩薩像 奈良時代8世紀   (国宝)
葛井寺 千手観音菩薩像奈良時代8世紀国宝
{大阪府の葛井(ふじい)寺は、5世紀には巨大古墳が築かれ有力氏族の寺院が多数建立された
最先端の地域でした。}
1041本の手を持ち インドの初期密教がうみだした変化観音の一つだそうです。
作風は奈良・東大寺の法華堂諸像との共通が指摘されてます。
本体は脱乾漆造り、
脇手をキリ剤を心とする木眞乾漆造りとする
高度な技術を駆使してつくられた造形は
法華堂諸像を制作した官営工房に類する工房に所属する工人によるもの
とみて間違いない との事です。
制作年代は天平年間(729~749)前半頃か・・・・





龍華寺 天平菩薩坐像
(神奈川県) 金沢文庫管理  ↓

平成十年神奈川県龍華寺の土蔵改築に際して
発見されました。
乾漆製です。
脱活乾漆の事です。
60b龍華寺の天平佛菩薩坐像8c - コピー
明治期に龍華寺に合併された福寿院の本尊であった事がわかってます。
が、伝来はこれ以上さかのぼれません。

今日、古代の乾漆仏における東限なりました。

作風からみて作者は 東大寺を拠点とした官営工房以外に考えにくく
奈良時代(八世紀後半)、奈良周辺で制作されたとみられます。








古い仏像の 東限 ・  北限  で、思い出すのは、
  ↓ です。
深大寺 銅造釈迦如来倚(い)像
深大寺銅像釈迦如来ニンベン奇像飛鳥後期
平成29年の新国宝に指定されました。
東国で一番古い白鳳仏(飛鳥時代後期)





         ・・・・・



徒然草でしか知らなかった 仁和寺でした。
広告などで展覧会を知り 門跡寺院という寺院が、少し気になりだしました。
仁和寺は最初の門跡寺院 のようです。
格式・由緒ある 大きな寺院でしたす。
(徒然草で知った頃は
フツーのお寺のフツーのお坊さんと思ってましたので
感じ方が少し変わってしまいました。
おそらく徒然草のこの場合の‘ほうし’は、フツーの一般的なお坊さんではあるのでしょう。)
寺院のほうは、こんなに凄いお寺であるとは予想もできませんでした。
密教の雰囲気漂う門跡寺院 でした。
若い頃、京都・奈良に燃えた時期がありました。
その時期でも、
仁和寺には行った事がなかったわ。
(修学旅行でも 行かなかったような記憶!)
(お茶のお稽古でみなさんと、
仁清の御室窯とか御室焼といって
展覧会や写真で
あるいは
写しなどを楽しんでました事はありましたが・・・。)






           ・・・♪・・・




いちおう
  ↓ wikiで調べてみました。
門跡寺院は沢山あります。
尼門跡 まで調べました。
(どうやら、春の雪 の帯解寺 も含まれてるようです。)


門跡寺院[編集]

法相宗 興福寺一乗院 興福寺大乗院

天台宗山門派 青蓮院(粟田御所) 円融房(梶井門跡、梨本門跡、三千院) 妙法院 毘沙門堂
曼殊院(竹の内門跡) 輪王寺 浄土寺 本覚寺 法住寺 妙 滋賀院

天台宗寺門派 聖護院 照高院 実相院 三井寺円満院 平等院(浄土宗と兼ねる) 常住院
如意寺

真言宗 仁和寺(御室御所) 大覚寺(嵯峨御所) 蓮華光院 醍醐寺三宝院
醍醐寺金剛王院 随心院(小野門跡) 勧修寺(山階門跡) 安祥寺 東南院
上乗院 勝宝院 菩提院 教令院

浄土宗 知恩院 禅林寺

日蓮宗 瑞龍寺(村雲御所)








尼門跡[編集]

皇女や貴族の息女が住職となる寺院。正式には比丘尼御所と称した。「尼門跡」は明治以降の名称である。

天台宗 本光院(蔵人御所)

真言宗 妙心寺

臨済宗 大聖寺(御寺御所) 宝鏡寺(百々御所) 曇華院(竹御所) 霊鑑寺(谷御殿)
円照寺(山村御所) 林丘寺(音羽御所) 慈受院(薄雲御所) 宝慈院(千代野御所)

律宗 法華寺(氷室御所)

法相律宗 中宮寺(斑鳩御殿)

浄土宗 三時知恩寺(入江御所)

四宗兼学 光照院(常盤御所)

日蓮宗 瑞龍寺(村雲御所)





[ 2018/02/17 18:32 ] 展覧会 | TB(-) | CM(-)
プロフィール

Baroque

Author:Baroque
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