Baroqueの優雅な昼下り②

ここに引っ越してきました
Baroqueの優雅な昼下り② TOP  >  旅行 >  ボスニアヘルツエゴビナネ

ボスニアヘルツエゴビナネ

2回 バルカン半島(旧ユーゴ)を観光旅行してます。
2008年秋 と、2010年春です・・・
その頃は、旧ユーゴスラビア連邦は、6ケ国でした。
今は、8ケ国になりました。
セルビアモンテネグロが、セルビアとモンテネグロとコソボにわかれたのです。

地図の黄緑色がクロアチアです。ドブロブニクが飛び地になってます。
明るい茶色のボスニアヘルテェゴビナがわずかにアドリア海の海岸線に入り込んでます。
ネウムです。人口4300人。21kmの海岸線を死守してます。
この辺りが東西の教会 と、東西のローマが、分離した辺りになるようです。
イスラム教やユダヤ教も混在してます。
バルカン半島







かなり前、テレビの番組で ‘モルドヴァの中世の修道院群’ を知り
ルーマニアの‘モルドバ地方の中世の修道院群’ の見学にいってきました・・・・
行きたくて、行きたくてルーマニアのモルドヴァにいってきました。
この様式は、同じ時に見たブルガニアに僅かにある位で、他にはありません。
気になって調べましたが、分からないままでした。
その後、偶然、三宅理一先生からお話を伺いました。
確定はされませんでしたが、
セルビア辺り が、発祥らしい・・・ 
という事でした。 
(↓の御著書は、その後の発表)
img097.jpg

モルドヴァ壁画は、トルコ軍がルーマニアに攻め入った残酷な場面と正教の神聖な場面がほとんどでした。
その後、 セルビアモンテヌグロ にもゆきました。
(私は、その形跡は‘ 現地にも本にも’ 理解を見出す事が、できません・・・
今なお 研究調査中であるらしいです。))





中世の東方正教修道院壁画とは別に
バルカン半島は、火薬庫デス。
旧ユーゴの話には、
小説家 イヴォ・アンドリチ 抜きにして語る事はできません。
このノーベル賞作家は、母国ボスニアについて
実に暖かく解りやすく感動的に描いてます。

ボスニアのヴィシュグラードという所の ドリナ川 にかかる ソコルルメフトパシャ橋という橋がモデルです。
この橋は、当時のトルコ国内を含めても3番以内に入る位の中世の立派な橋です。

ソコルルメフトパシャ橋

ノーベル賞受賞作
ドリナの橋

img098.jpg






イヴォ・アンドリッチ
イヴォアンドリッチ

この小説も素晴らしいです。
ボスニア
      






 ・・・・・・・

ネウム ↓
ボスニア・ヘルテェゴビナ の21kmの海岸線。
ネウム

       ・・・・・・

ボスニア・ヘルテェゴビナ のサラエボのラテン橋 ↓
(この橋は、第一次世界大戦のきっかけになった
オーストリア皇太子夫妻が、セルビア人の活動家に射殺された橋。)
サレエヴォラテン橋サラエボ事件のあった
 


・・・・

以前
同じ内容の旅行記を観光直後に書きました。
感想も内容も
ほとんど同じと思いますが、
なぜか、もう一度書きたくなりました・・・
東西のキリスト教のTOPの記事がきっかけでしょうか・・・。
アルゼンチン出身の法王様(両親はイタリア移民)と
ロシア正教様が、キューバで・・・
オバマ氏が、カストロ氏が、プーチン氏が、
そのあたりでしょうか


イヴォ・アンドリッチの  ドリナの橋 は、素晴らしい小説です。
沢山 本はよんでますが、
こんなに感動した本は少ないです。
振り返って 思い出して その感激は、胸に迫ってきます。
いいもんです。

政治的にも、経済的にも、それ程必要とされてないこの地に
この橋を
イスラム世界第3番目に立派な橋が あります。
ドリナの橋 には、もう一度行きたい。



[ 2016/02/21 21:52 ] 旅行 | TB(0) | CM(1)
色々
行かれてますね・・
私もいつかは。。
旦那を連れ出したいわ(笑)
今はそれどころじゃない(笑)詳しくはブログで。。
[ 2016/03/03 21:01 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

プロフィール

Baroque

Author:Baroque
ここに引越しました。
本は友達!
絵(ルネッサンス・マニエリスム)音楽・お相撲・歌舞伎・お能・文楽・落語、・食べること大好き。

・・・・・・・・・♪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


Baroqueの優雅な昼下り
  http://fzksakura.blogspot.com/
もよろしく。

最新トラックバック