Baroqueの優雅な昼下り②

ここに引っ越してきました
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ボスニアヘルツエゴビナネ

2回 バルカン半島(旧ユーゴ)を観光旅行してます。
2008年秋 と、2010年春です・・・
その頃は、旧ユーゴスラビア連邦は、6ケ国でした。
今は、8ケ国になりました。
セルビアモンテネグロが、セルビアとモンテネグロとコソボにわかれたのです。

地図の黄緑色がクロアチアです。ドブロブニクが飛び地になってます。
明るい茶色のボスニアヘルテェゴビナがわずかにアドリア海の海岸線に入り込んでます。
ネウムです。人口4300人。21kmの海岸線を死守してます。
この辺りが東西の教会 と、東西のローマが、分離した辺りになるようです。
イスラム教やユダヤ教も混在してます。
バルカン半島







かなり前、テレビの番組で ‘モルドヴァの中世の修道院群’ を知り
ルーマニアの‘モルドバ地方の中世の修道院群’ の見学にいってきました・・・・
行きたくて、行きたくてルーマニアのモルドヴァにいってきました。
この様式は、同じ時に見たブルガニアに僅かにある位で、他にはありません。
気になって調べましたが、分からないままでした。
その後、偶然、三宅理一先生からお話を伺いました。
確定はされませんでしたが、
セルビア辺り が、発祥らしい・・・ 
という事でした。 
(↓の御著書は、その後の発表)
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モルドヴァ壁画は、トルコ軍がルーマニアに攻め入った残酷な場面と正教の神聖な場面がほとんどでした。
その後、 セルビアモンテヌグロ にもゆきました。
(私は、その形跡は‘ 現地にも本にも’ 理解を見出す事が、できません・・・
今なお 研究調査中であるらしいです。))





中世の東方正教修道院壁画とは別に
バルカン半島は、火薬庫デス。
旧ユーゴの話には、
小説家 イヴォ・アンドリチ 抜きにして語る事はできません。
このノーベル賞作家は、母国ボスニアについて
実に暖かく解りやすく感動的に描いてます。

ボスニアのヴィシュグラードという所の ドリナ川 にかかる ソコルルメフトパシャ橋という橋がモデルです。
この橋は、当時のトルコ国内を含めても3番以内に入る位の中世の立派な橋です。

ソコルルメフトパシャ橋

ノーベル賞受賞作
ドリナの橋

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イヴォ・アンドリッチ
イヴォアンドリッチ

この小説も素晴らしいです。
ボスニア
      






 ・・・・・・・

ネウム ↓
ボスニア・ヘルテェゴビナ の21kmの海岸線。
ネウム

       ・・・・・・

ボスニア・ヘルテェゴビナ のサラエボのラテン橋 ↓
(この橋は、第一次世界大戦のきっかけになった
オーストリア皇太子夫妻が、セルビア人の活動家に射殺された橋。)
サレエヴォラテン橋サラエボ事件のあった
 


・・・・

以前
同じ内容の旅行記を観光直後に書きました。
感想も内容も
ほとんど同じと思いますが、
なぜか、もう一度書きたくなりました・・・
東西のキリスト教のTOPの記事がきっかけでしょうか・・・。
アルゼンチン出身の法王様(両親はイタリア移民)と
ロシア正教様が、キューバで・・・
オバマ氏が、カストロ氏が、プーチン氏が、
そのあたりでしょうか


イヴォ・アンドリッチの  ドリナの橋 は、素晴らしい小説です。
沢山 本はよんでますが、
こんなに感動した本は少ないです。
振り返って 思い出して その感激は、胸に迫ってきます。
いいもんです。

政治的にも、経済的にも、それ程必要とされてないこの地に
この橋を
イスラム世界第3番目に立派な橋が あります。
ドリナの橋 には、もう一度行きたい。



[ 2016/02/21 21:52 ] 旅行 | TB(0) | CM(1)

このガチャガチャ感が・・・

このガチャガチャ感が たまらない・・・
サンマリノ共和国の10月のお土産やさんのデイスプレイ・・・・・。

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同じくサンマリノ共和国
道ばたのホットワイン・・・
(サンマリノ版のグリューワイン!)
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12月24日の twitter から
父ちゃん返せ、母ちゃん返せ・・・・
父ちゃんと母ちゃんを返せ!


[ 2015/12/27 17:59 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

黒いマリア

3冊になりました。 ↓
南欧、フランスの地中海沿岸地帯は、あまり興味がなかったのですが、
観光に行ったおかげで 気になり始めました。
小国巡り が、目的でした。 のに、

現場の強さです。
カルマグの湿地帯・黒いマリア・・・・  これです。 
黒いマリア
黒いマリアは、神秘的・秘儀的要素が強いのかと、思ってましたが、
そうとばかりは いってません。
むしろ、反対で どうやら
地母神・自然神・健康的な母なる女神の象徴のようです。
まして、キリストのお母さんの聖母マリア様と思ってましたが、
多くはマグダラのマリア のようです。
黒いマリアは、世界中に450位あるそうです。
沢山ありますね。




[ 2015/11/22 16:19 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

アンドラのプレロマネスク教会

ピレネー山脈の山の中の小さな国 アンドラ共和国 
この辺りはフランスの南西部、スペインの北東部になります。
11世紀頃までにプレロマネスク様式の教会の建物が沢山あります。
プレロマネスク様式は、西ヨーロッパで生まれ、主にフランスを中心に広まったそうですが、
レコンキスタの影響などもあり このピレネーの山の中では流行ったそうです。
必ず、Belltower があります。
タクシーで紅葉、黄葉の中、 4~5個の教会を見て回りました。
前に4つみてますので 計8っつのプレロマネスク様式教会見物でした。
(ガイドブックで、調べましたが、あまりきちんとした制作年代は、分かりません)

かなり高い場所に登りました。
学生ふうの若者2~3人が 自転車で到着!
お弁当を食べてました。
ロマネスク教会聖クリストフアー
ロマネスク教会・聖クリストフアー
部分13世紀成立、16世紀のもの。
belltowerが2階にあり、これはアンドラで唯一だそうです。


町の方に少し降りてきて の教会
モザイクの絵の飾りがありました。
モザイクの教会
名前が分かりません。
調べてみましたが、ガイドブックにも登場してません。
いわば、
日本の地方都市のちょっとした あまり有名でないお寺か、神社のようなものでしょうか。



町の中に溶け込んでます。
部分12世紀 17世紀の設立のようです。
国民の集会場が繋がっていて、博物館もあるようです。
聖コルネリ 聖セブリア教会と集会所
聖コルネリ・聖セブリア教会と集会所




町のなかの、いわば坂の上の教会
聖クレメンス教会
聖クレメンス教会


このあたりのプレロマネスク教会群は、そうプレというよりはプテイといってもいいくらい 小さな建物の教会群 です。
お土産やで買ったガイドブックにはプレが付いてなくてロマネスクとなってます。
8っつ中、内部の見学が出来たのは一つでした。古いフレスコ壁画(天井は18世紀の新しいもの)でした。

小さな教会で思い出すのは、キプロス島のキプロス共和国の山の中の教会群です。
東方正教 系列の教会でした。
地域上、石のがっちりとした 民家風のように・隠れるように密やかに
内部は これでもかのすばらしいフレスコ壁画の 12月に訪れたキプロス島の教会でした・・・。




[ 2015/11/09 22:40 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

スイス等

観光旅行で、時間を持て余しては・・・・・と、の思いから

葉室麟の蜩ノ記・ひぐらしノき (軽い文庫本、読みかけ、を もってゆきました。)↓

蜩ノ記
あまり読めませんでした。


環境があわないのです・・・・
スタンプ、ワイン、葡萄畑、聖ミカエル教会、
シャンパンブレックフアアスト、クロワッサン・・・・。
蜩ノき
もっと、あわない状況も、経験したことは、あるでしょうが・・・・・
なんか、読めませんでした。





・・・・スイス・・・・について
スイス連邦は、正式名称は4種の公用語示されるそうです。
但し、コイン等の様に余裕がない場合は、ラテン語になるそうです。
ラテン語 : Helvetia(ヘルヴェテイア)

ドイツ語 : Schweiz
フランス語 :Suisse
イタリア語 : Svizzera
ロマンシュ語 : Svizra ←絶滅の危機の語
えーと、英語は : Switzerland......。
そういえば、オリンピックの時、なんか思ったようにおもいます。



御嶽海関!!
御嶽海関
尾車親方の 話
江戸の大関 より、故郷(くに)の三段目・・・・。
[ 2015/11/04 21:44 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

ヨーロッパ小国、飛び地 大周遊⑩

バルセロナ
まもなく 完成の
サグラダ・フアミリア も、みてきました。
2026年完成するそうです。もうすぐ・・・
日本人彫刻家外尾悦郎氏の驚く程の能力により
完成が近づいたのだそうです。
予定より144年短縮されました。

私の目にも 以前、見た頃よりも、びっくりする程 進んでみえました。
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今回は、ヨーロッパ小国 5
      自称独立国   1
      飛び地      2
      大国       4
計             12

10日間で巡る 大周遊でした。

今回は、
シェンゲン協定のおかげで (その協定に参加してる国も、おそらくしてない国も)
国境の検閲は ありませんでした。
国境の表示もめだたなく いわれても分らないのが、多く
注意してデジカメを、構えてましたが、撮れない所が多かったです。
‘国境’のスりルに興味がありますので
少し、拍子抜けです。
まあ、これだけの国々の国境 の検問にいちいち時間をかけてたら
この強行軍は、無理だったでしょう。
改めて ‘旅行社の計画’ の、見事さに 乾杯!


小国は観光案内所などで、
パスポートに国のスタンプを押してくれますので、
頑張って押してもらいました。
セボルガ共和国でも 押してもらいました。
この国の場合は
あまり、しっかり認めてもらえてないそうで、
パスポートへの スタンプは歓迎されない そうですが・・・・・・



ブログも、大急ぎでしたので、
記憶の曖昧さ や、うっかり
があるでしょう。
気が付きましたら 訂正 もいたします。


[ 2015/10/28 20:42 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

ヨーロッパ小国、飛び地 大周遊⑨

ピレネー山の山の中 アンドラ公国 です。
そういえば、オリンピックなどの開会式の時
アンドラ という国を聞いたことがあります。

アンドラ公国も例によって 教会と博物館 の見学です。
お城はなかったような気がします。
(予習不足だわ。ちゃんと調べてから行かないと 面白味って半減します。)

首都アンドラ・ラ・ベリヤ

沢山のプレロマネスク様式の教会があります。
中は、入れない事が多く
小さな、素朴な教会は外側から見学。
サンチィアゴ コンポステラーズに向かっての
巡礼の道筋にはやや外れてるの感はありますが、
そう遠くではないので、穏やかに影響・・・・・・でしょうか
ピレネー山脈の山の中の小さな国・・・・。


そのプレロマネスク様式の ‘The lovely old church 聖コロマ教会’
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12世紀頃からのようです。



聖ミカエル教会
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上記のコロマ教会によく似てますが、鐘楼が角ばってます。
近くに湖があるようですが、みつかりません・・



聖ミカエル修道院内の祭壇
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(上記のミカエル教会とは、ちがいます。)


聖エステヴァ教会
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他に、3つか4つのプレロマネスク様式の教会をタクシーで、見て回りました。
ちょっと、分からなくなってます。地図とスマホで後程、確認します。
このプレロマネスク様式は、少し調べてみましたが、まだよく解りません。
確かに、ロマネスク様式に似てますし、プレと、言われてるだけあって古いという印象はあります。
それに、素朴ですし・・・。
特一番古い
聖コロマ教会は、プレロマネスク様式時代のものか、(つまり11世紀以前)
か、
プレロマネスク様式として
13世紀以後に建てられたのかが、区別できません。(中に入れず残念デス・・・。)


     ・・・・・・・




博物館です。
古い貧しい民家博物館
内部は、確かに豊かとはいえませんでした。
この寒い地方の当時が、忍ばれます。
それでも、外側は 石作りでしっかりしてます。
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アンドラ公国はタバコが重要な産業だそうです。
タバコの葉が、1本干してありました。
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こちらは、金持ちの民家博物館
タバコが、沢山あります。
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ちなみに 道中見かけたタバコ畑
この季節は刈り取った後なので、
後から生えたものだそうです。
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貧しい家の最後の晩餐図
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金持ちの家の最後の晩餐図
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           ・・・・(^^♪・・・・



アンドラ公国生まれのガイドさん・・・
お父さんがアンドラ人、お母さんがフランス人。
登山ガイド だそうですが、
暇な季節は 私達に アンドラ案内をします。
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先程の博物館のやさしい学芸員さん。
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標高1400mくらいの寒い国ですが、
温かい人情が印象的でした。
犬にまで表情がありました。


            ・・・・♪・・・


夜:議事堂前広場の印象に残る飾り
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朝:ホテルは
シャンパンブレックフアースト
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[ 2015/10/28 20:39 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

ヨーロッパ小国、飛び地 大周遊⑧

モナコからモンペリエに向かい  フランス内のスペインの飛び地、リヴィア です。

ニース~カンヌを経てプロヴァンス地方です。
エクサン・プロヴァンスあたりでは、
セザンヌ巨匠の サント・ヴィクトワール山を望みます。
十字架もみました。
そう、
ゴッホ ゴーギャンなどの多くの画家に愛された地域です。
アルルにさしかかります。
この辺りは ローヌ川と地中海の、
カマルグの湿地帯  といわれてるそうで、塩生植物などの珍しい生態系のある土地です。
映画 ‘アルベール・ラモリスの 白い馬 ’ の白い馬もこの辺りが産地です・・・

アルルの女
ゴッホの絵にもありますが、
同名の小説・アルルの女 ( アルフオンス・ドーデー作) に象徴される 色の濃い女 が、住んでます。
この小説は ビゼーの歌劇 アルルの女 として有名です。
ドーデーのアルルの女は未だよんでませんが、
それにしても、 ‘最後の授業’ とは、北と南・・・・

黒い聖母 
 は、
ヨーロッパ各地に ある意味 隠れるように、ある意味 珍しがられて 知られてます。
秘儀的にか、
もともと キリスト教信仰以前に
オリエント一帯に広まっていた 原始信仰・大地母信仰 に基づいてるという説が、強いようです。
発祥は エジプト説、インド説(ロマ発祥の地ともいわれてる)
この地の近くの サン・マリード・ラ・メールのサント・マリー教会にも黒いマリア様像があります。
ロマの巡礼地としてゆうめいです。

♪: エミール・サイヤン ‘フランスの黒いマリア様とその起源’
                ( 黒いマリアの最初の本格的研究)

♪: なんと、山形県鶴岡市の鶴岡カトリック教会にも
    黒いマリア様像があるそうです。明治36年フランスのデリヴランド修道院からの寄贈だそうです。



          ・・・・・・・・・・

この付近からのプロヴァンス地方西部には、
ローマ時代の遺跡が多く、コロセウムなどの古い建造物が多いそうです。
飲料水 ペリエ の産地モンペリエ にむかいます。



写真は、 ↓
雑草が1本もない といっていい程の葡萄畑。
さすが、誇り高い農業国フランス です。
それから、
原発国フランスの風力発電のための風車。
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モンペリエに到着しました。
サンチィアゴデコンポステラーズへの巡礼の道への通過点都市です。

            ・・♪・・

ホテルは クラウン・プラザ・モンペリエ・コルム(190 RUA D'ARGENCOURT MONTPELLIER 34000)
( TEL) 33-467-722222

ホテル内全体の雰囲気が、‘エキゾチック・ムード’!!!
いわゆる西洋側からみた、西洋人がみた  東洋(日本?)の装飾やかざりもの で統一されたデザインです。
中東もあります。高級感もただよい・・・、上品です。
大理石の豪華・ゴテゴテのヨーロピアンホテルとはちがい
どちらかといえば、いわゆるアメリカンホテルです。
このエスニックなデザインの目的は?
対象の客層は?(どこの国の、どんな人のために・・・?)
少しばかり オペラの蝶々夫人の舞台装置(舞台よりはもっともっと、、地味ですが、)をおもいだしてました。
南仏の地中海沿岸のこの都市には沢山のホテルがあるでしょう。
少し、印象の変わったオシャレなホテル が、 売り なのではないでしょうか。
ゆっくり 宿泊したいホテルの一つです。東洋人として少し複雑な感情はあります・・・が・・・


         ・・・・・・・

モンペリエ市街地の水道橋
(17世紀のフランス革命前の豊かさの一部の新しいもののようです。もちろん、ローマ時代の物ではないようです。)
ペリエ が、通過してたのかしら・・・・

可愛らしい凱旋門や、ルイ14世の騎馬像、などの楽しいコメデイ広場からペイルー公園でした。
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↓は、やはりモンペリエ市内の 壁。
壁全体はフレスコ画です。
だまし絵 です。
前方の(写真では下の) サンロック教会 が、壁に映ってる感じ が、よくあらわされてます。


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ピレネー地方に入る前にペルペニアンに立ち寄りお昼です。
リパブリック広場では青空市場が開かれてました。
カリグラフイーのセットを見つけました。
買えばよかった・・・



リヴィアに向かいます。
カルカッソンヌ や トウールーズ 近くを通り過ぎます。
ボルドーの南側のこの辺りのシャトーはヌーボーの時期で
大忙しの季節です。
フランスからのコンポステラーズの通行のための
ピレネーの1700m位の峠越えの位置に当たります。
ピレネー山脈は
ちょうど、大西洋と地中海を股にかけてます。
スペインの風が吹いてるような雰囲気になってまいりました。
リヴィアはフランスの中にスペイン飛び地。

フランス内のスペインの飛び地 リヴィア(Llivia) 入国です。
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博物館を見学しました。
昔の薬博物です。
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やっぱり、いまだにスペインは・・・
(博物館の飾りの人形)
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あの、その・・・首が・・・。
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ほっとしました。
やっぱり スペイン・・・。
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スキーなどの観光を沢山受け入れてるようです。
フランス国内の飛び地で スペインはがんばってます。




[ 2015/10/28 18:16 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

ヨーロッパ小国、飛び地 大周遊⑦

次は
モナコ公国です。
カジノモンテカルロ
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その宿泊ホテル
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王宮
ヴァチカンの傭兵よりも ややゆるい感じの兵隊さん
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大砲の玉
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モナコグランプリ の有名な ヘアピンカーブ
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コート ダ ジュール ↓
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ホテルの目の前は
グレース・ケリー王妃の薔薇園でした。
王妃のために改良された その名も プリンセス オブ モナコ  の美しい薔薇。
(写真は、間違えて消去してしまいました・・・)

少し疲れてきました・・・

モンペリエにむかいます。


[ 2015/10/28 18:15 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

ヨーロッパ小国、飛び地 大周遊⑥

ローマから列車でジェノバへ。
道中、ピサ駅付近で、 ‘ピサの斜塔’ を、ちょっぴりと、しっかりと見ることが出来ました。
(ピサ駅を出て すぐ、右側後ろ振り返る。)
美しい海岸線  ジェノバへ。
リヴィエラ ! です。
(フランスに入るとコートダジュールと名前が変わります。)
そして、
モナコ公国のモンテカルロにむかいます。
この日は移動日になりました。

翌朝
自称独立国のセボルガ公国
セボルガ公国と公爵閣下
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セボルガ公爵閣下御夫妻
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国境と国旗
しっかり、国境 が、示されてます。
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なんと、侯爵夫人が、お出迎えくださいました。
そして、自ら観光案内。
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テンプル騎士団の集会場
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教会と教会前の広場
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ドイツ大使閣下が通り過ぎました・・・
(親類かしら・・・)
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初代公爵閣下、生誕の家
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あ~ア、楽しかった。
[ 2015/10/28 18:14 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

ヨーロッパ小国、飛び地 大周遊⑤

サンマリノから ‘ボローニア駅’ に戻り
列車で ローマ に向い、 ヴァチカン市国 を、訪問します。
途中の大きな駅はフイレンツエです。
列車の窓から 花の都の大きなドオーモ を、見ることができました。
ローマです・・・。
カトリックの総本山ヴァチカン市国の観光です。



覚悟はよろしいですか・・・・









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今回の観光は 小さい国々 という事 でしたので、
なぜか、こういう ‘有名なもの を 見る’ という意識がありませんでした・・・・。
その感動はかなりなもでした。



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           ・・・・・・・・♪・・・・・






カラバッチョの作品がホテルの近くの教会にある という事を聴いたので
翌朝早めに、セントマリアポポロ教会を捜し出していってきました。
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ああこの作品二つはここにあるんですね。

この教会の付属施設はダ・ヴィンチ博物館でした。
開館時間前でしたので、入れませんでした。




             ・・・・・・・♪・・・・・


サン・ピエトロ寺院は、
本日は お祝いの日 でした。
3人の 副聖人が、聖人に昇格される日 です。
なんと、
法王様が、おでましになられました・・・。
遠くに法王様が、いらっしゃいます・・・・。
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私まで こんな御本を戴きましたの。
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魅力ある 4線譜の楽譜です。
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・・・・ (^^♪・・・・

驚きと感激のイタリアでした。
さすがローマ、さすがヴァチカン・・・・

そして、ヴァチカン法王庁御用達のワイン
キャンテイ・ロピアーノ
を、頂く事ができまました。    おいしい。
凄い。





[ 2015/10/28 18:12 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

ヨーロッパ小国、飛び地 大周遊④

サンマリノ共和国です。
サンマリノ共和国はテイターノ山という山の頂上にあります。
その山頂の国には、
3つの岩峰があり、3つの要塞としての塔があります。
1番目の塔は  グアイタ
2番目の塔は   フラッタ
3番目の塔は   モンタレ
11世紀~12世紀に造られたそうです。
3つの塔 ↓
サンマリノの3つの塔

近くの木の間の3つの塔
3っつの要塞

国旗の真ん中に3つの塔
サンマリノ国旗


公式大紋章にも3つの塔
サンマリノ公式大紋章




美術館にも3つの塔の絵
サンマリノ共和国の美術館





観光案内所にも3つの塔
3個の要塞

3つの塔
3個はここにも


これも、3つの塔かしら・・・・
3要塞


もちろん、ワインにも・・・
ワインにも



国境!
大国イタリアに100%囲まれてる。
サンmリ国境

なんか、魅力ある3つの塔!

さあ、次はボローニアから列車で ローマ、ヴァチカンに向かいます・・・・

[ 2015/10/26 19:54 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

ヨーロッパ小国、飛び地 大周遊③

スイスの中のイタリアの飛び地 カンピョーネ・デイタリアーノ です。
この辺りは、いわゆる ‘アルプス越え’ の、山の中。
寒く 険しく・・・、 あのハンニバルを・・・思い出してました。
(ハンニバルのアルプス越えのあの行程の場所は特定されてないようです。諸説あるそうです。)
アルプス山中・・・国境もいくらか あいまいにはなるでしょうね。
とりたてて騒ぐ と、いろいろ難しくなるでしょう・・・・

私達は、雪降る峠を越えます。
沢山のトンネル、
一番長いトンネルは、サンベルナルデイーノ・トンネル 長さ6,6km 標高2469m でした。

そして スイスとイタリアで両有(共有?)のいわゆる 湖水地方
マジョーレ湖 と、コモ湖 の中間にある
ルガーノ湖の湖畔 ルガーノ(スイス)近くの
イタリアの飛び地 カンピョーネデリタリアーノ に到着。

カンピョーネの地図です


国境を越えました。 ↓
入国しました。
カンヒョネデリタルアーノ


カンピョーネ・デリタリアーノのルガーノ湖畔から
ルガーノ湖 と、ルガーノ 。
ルガーノ湖とルガーノ


ルガーノ湖畔 を、散歩して 立派なカジノの建物をみました。
一番大きくて立派な建物です。
立派なカジノ
最も大きな収入源のようです。


カンピョーネ・デリタリア郵便局のステキな職員さん。
私は、各地で沢山絵ハガキを、投函してます。
カンピョーネの郵便局


ルガーノ(スイス)に戻り
列車で国境を越えて ミラノ へ・・・

ルガーノ駅 ↓
ルガーノ駅



ミラノ駅です ↓
ミラノ駅
ミラノで列車を乗り換えてサンマリノ共和国に向かいます。


なつかしいミラノ駅
ミラノ駅は、個人的になつかしいわ・・・。


途中の通過駅には、 あのパルマ駅が、ありました。(ハムとサッカーの中田でお馴染みです) ↓
パルマ

ボローニャ駅も通過します。↓
ボローニア


リミニ駅に到着
サンマリノ共和国です。
サンマリノの門
[ 2015/10/26 14:58 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

ヨーロッパ小国、飛び地 大周遊②

リヒテンシュタイン侯国です。
検問所など何もなし・・・
リヒテンシュタイン侯国の首都フアドウーツ

フアドウーツ城(遠望)
リヒテンシュタイン侯国

聖フローリン教会
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町はモダンです。
右の黒い玄武岩制の建物は国立現代美術館
入館してみました。ジャコメッテイなどの小さい作品が目立ちましたが、いい作品ばかりでした。
もう一つの美術館にもいってみました。(公爵家所蔵の品物を展示してます。)
リヒテンシュタイン
2~3年前、 日本でリヒテンシュタイン美術館展がありました。
あの時のあの美術館 は、ウイーンにあるそうです。




公爵閣下御夫妻と右はアロイス皇太子殿下
現地での案内写真


以前 、買った池田理代子さんの漫画に掲載されてた お写真
リヒテンシュタイン侯国 池田理代子の漫画より
[ 2015/10/26 14:56 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

ヨーロッパ小国、飛び地 大周遊 ①

ヨーロッパ
*小国 5  (リヒテンシュタイン侯国 サンマリノ公国 ヴァチカン市国 モナコ公国 アンドラ公国)
*自称独立国 1 (セボルガ)
*飛び地 2   (スイスの中のイタリア カンピョーネ・デイターリア、 フランスの中のスペイン リヴィア)
*大国  4    (スイス イタリア フランス スペイン)
計  12
を、
10日間で 大周遊 してきました。
列車 と バス での大移動です。

5小国基本情報




ヨーロッパの地図 - コピー


成田 ~ イスタンブール(アタチュルク国際空港) 
~ Zurich・チューリッヒ(凄いスペルですね。スイスの中のドイツ語圏です。)に着きました。

スイス・チューリッヒから時計回りにまわりました。(↑の地図)
まず
リヒテンシュタイン侯国
   首都のフアドウーツ 
⇒カンピョーネ・デイターリア(イタリア) ⇒
アルプス越え ルガーノ(スイス) ⇒列車⇒ミラノ⇒列車⇒リミニ⇒サンマリノ共和国 へ


Zurich.jpg
成田からトルコ航空でイスタンブール乗り継ぎでスイス(チューリッヒ・)Zurich に到着。
成田のラウンジでカレーライスや、うどんを食べ過ぎて 
優雅さで有名なトルコ航空の食事の時間は せっかくなのにお腹がいっぱいでした。
写真は、チューリッヒ空港の広告版
(スイスは寒いんですね。)   ↑


DSC08151.jpg
Zurich・チューリッヒです。 ↑
スイスの中のドイツ語圏 のようです。


いかにも いわゆる スイス です。 ↓
DSC08152.jpg






チューリッヒ市内
スイスチューリッヒ



いずれのお国も・・・ですね。 ↓
ミューレスク歩行者専用橋
いずれのお国も


DSC08164.jpg

[ 2015/10/26 14:55 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

ヨーロッパ小国巡り

14日から ヨーロッパ小国巡りの観光旅行に行きます。
ヨーロッパには、バチカン市国のような小国がいくつかあいます。
それぞれの国々に それなりの理由があるようです。

私は、これから
モナコ公国、アンドラ公国、バチカン市国、サンマリノ共和国、リヒテンシュタイン、スイスの中のイタリアの飛地カンッピョーネ・デリターリア、フランスの中のスペインの飛地ルガーノ 等に
いってきます。
その小国のみを列車で訪問します・・・。
小さい国 というだけの魅力ですが、
面白そうなのでいってきます。
もっと行きたい国はありますが、
今年は この国々 にしました。
それでは、いってきます
トルコ航空・イスタンブール乗り継ぎです。


[ 2015/10/13 20:59 ] 旅行 | TB(0) | CM(4)

イラン・イスラム共和国大使館 

イランイスラム共和国大使館 にいってきました。
(2~3週間前にもゆきました。)
前回はイラン観光の御案内。
今回は大使館と大使公邸への大使御夫妻からの御招待。

イラン 正式には イランイスラム共和国 。
南麻布にある大使館 ↓

大使館 - コピー


館内にはいると
 ウェルカムドリンク(しっかりとしたおおきなグラスにオレンジジュースに似た甘い飲み物)

そして
イランイスラム共和国大使閣下が御挨拶くださいました。
正倉院とのつながりは両国の誇り・・・・。
(見事に保存してる日本の誇り!)
イラン大使閣下 - コピー


イランの民族楽器での演奏 ↓
打楽器担当は日本人です。
日本の湿度特に梅雨のこの時期 砂漠のお国の打楽器演奏・・・・。
上手い。打が上手い。
珍しい民族楽器はロマンあふれます。 
床に布を敷いてのもう一つの弦楽器 の 御披露。
イランの民族音楽 - コピー


近所の大使公邸 ↓
美しいお庭の公邸はすぐ近くにありました。
国旗 や薔薇 やお人形 のお出迎え。

中央の後 は、水煙草の器。
(イスラム圏のどこかで 水煙草を吸ったことあります。
‘ 麻薬をやる ’ 位に気合を入れて
‘ 禁断の世界 ’へとの覚悟でした・・・。)
人生の一大事件!
吸い始めました。
が、 ‘ 別に・・・・’ が結論。

(私の  ‘異国水煙草体験記’ ) 
20150612_140349 - コピー


イランの香高い食事を頂きました。
いわゆる フレンチ式です。
フツーの西洋風で
中身はアルコール と 豚 のない 香の高い イスラム風。
大使夫人のおもてなしで うれしく楽しい時間でした。
イラン大使館ランチ
旅行案内の時の大使館だは イラン観光に行きたくなりました。
が、
食事会では DVDなどを拝見しながらの同じイランの紹介ですのに中身がちがいました。
緑や水の自然風景などの紹介で 聞いたことない場所はわざわざ行かなくても・・・・とおもいました。
紹介の仕方でこんなにもちがうのですね。
同じ国なのに・・・。大使館なのに・・・。営業って大切ですね・・・。





お国の工芸品やお菓子が買えました。

こんなステキな布をおみやげに戴きました。
帰ってみると、
この布は
あの楽器を 飾ってた布 ↑ と同じでした。
イランの布 - コピー
[ 2015/06/13 19:41 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国大使館②

イラン大使館でのイランのお勉強!
イラン・イスラム共和国は
1935年までの国名は ペルシャ だったそうです。
日本語の上手な大使館員様のお話は
ペルシャは7000年前からあったという事です。

6世紀 ササン朝ペルシャの頃(イスラム教発祥の頃)シルクロードをとおって
白瑠璃碗などが正倉院にやってきました・・・。

ドキドキします。
    

ペルセポリスイスフフン - コピー - コピー






 B.C6 マケドニアのアレクサンダー大王によって
     ダレイオス1世が築いた  アケメネス朝ペルシヤ は破壊されました。
その破壊された  ペレセポリスの王宮遺跡群 の在りし日の栄華
教科書や展覧会などで憧れてた風景です・・・。
ペルセポリス ヤズド - コピー

ペルセポリス ヤズド

ペルセポリスイスフフン - コピー






イスフアハン
ここの説明は 主にイスラム教寺院などの印象がのこってます。
が、
イスラムの人々はイスラム教以前から続く
ペルシャ文化を とても大切にしてるといわれてるそうです。

キャラバンサライなどものこされてます。

イスハハン



ドキドキです。
ペルセポリスイスフフン



ヤズド
砂漠都市
シルクロードの交易都市として栄ました。
又、
ゾロアスター教徒が今なお住んでいます。
砂漠は最初の2~3時間は感動だそうですが、
その後はいやになるほど延々と続くのだそうです・・・

ゾロアスターの聖地 沈黙の塔(かって風葬のために使われた・・・) ↓
ペルセポリス ヤズド - コピー - コピー
風葬は現在はないようです。
ちなみに鳥葬はチベット。
こちらは風葬です。




1500年以上も前から絶えることなく燃え続く聖火 (時々消えてる事があるらしい・・・)
でも やっぱり ドキドキ です・・・・。
♪ ササン朝ペルシャ・拝火教(ゾロアスター教) ⇒ 正倉院御物 ♪
なんかこの辺は
私の文化史の原点・・・
古寺巡礼時代です。(女子高生の頃・・・・・!)
拝火教寺院

イランにも行きたくなりました。
勧められるとすぐそうなる・・・ つくづく単純・・・・・

その他のメモ
シラーズ : 二人の著名な詩人 ハーフエズ廟  サーデイ廟 がある。

テヘラン :  イラン考古学博物館がすばらしいそうです。
          以前、東博で観てビックリ感動はここの展示会だったのかしら・・・?
          
 





[ 2015/05/27 23:28 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国大使館 ①

今日はイラン・イスラム国大使館にいってきました。
在日大使館の多い 麻布 です。
イラン大使館 国旗  ↓
イラン大使館内国旗


ホメイニ師でしょうか・・・。写真が飾られてます。
ホメイニ師(?)


大使館員の ○☆◇氏 の説明を聴きました。
大使館員



お茶の 接待をして戴きました。
フツーの紅茶に イラン独特の 水 を加えてます。
それだけで
香がよく
エキゾチックムード  が、高まります。
ドリンク
壁に飾ってあるのは
シルクロードがテーマのタイル画。

 
その魔法のような水
ローズ ウオーター ↓
(イランはバラの美しい国なのだそうです。
日本では発売されてません。)
ローズウオター
[ 2015/05/27 23:05 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

千鳥ケ淵

千鳥ヶ淵界隈には各国の大使館がいくつかあります。
みつけた大使館の写真を何枚か写してきました。
ダントツは
広い広い立派な英国大使館・・・・
英国大使館 - コピー



おもいもかけぬ本年2度めのお花見 が、できました。
千鳥ヶ淵





         ・・・・・♪・・・・


南アフリカ大使館の帰りは最高裁判所の建物を見学しながらでした。
建物の一部は修理中でしたが、
その修理中を示すの看板の物凄い事。 ↓
さすが最高裁・・・・
すごいんです。
関係者の写真入り身分証明書が公示されてました・・・・
最高裁


工事関係者の名前




これもスゴイ・・・
皇居の周りを走ってる人向けの商売・・
シャワー
[ 2015/04/21 22:40 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

南アフリカ共和国

今日は南アフリカ大使館でした。
大使館は
半蔵門近くのとてもいい場所にあります。
大きなビルの4階にあります。
国旗が風でたなびいておりました。
(写真が小さくなってしまいました・・・)
南アフリカ大使館 - コピー

内部には マンデラ元大統領の写真が何枚かありました。
(左の奥に駝鳥の卵があります。とても大きいんです・・・)
マンデラ大とだちょうの卵


ムメベ公使の挨拶とお国の紹介
(大使は所用にて変わりの方でした。)
ムメベ公使 - コピー



サフアリの写真:ライオンが歩いてます。↓
注意事項
トイレは事前に済ませ、派手な色の洋服は避けカーキ色や
緑色を選ぶ。激しい動作や大きな声は出さない。
ライオン



犀の正面
犀



南アフリカといえばサッカーとワインくらいしかしりませんでした。
サッカーのワールドカップの頃
スーパーマーケットに沢山のワインがありました。
手頃な値段にも魅せられて
あの頃はずいぶんのみました。


その南アフリカワインを
本日は御馳走になりました。
おいしいです。
アフリカ料理店のTribesさんからです。
アフリカ観光大使です。
おつまみも・・・
南アワイン

日本ではめづらしいアフリカ料理店(1軒だけ)です。
ひき肉とナッツ等の香豊かなエキゾチシズム・・・・。
南ア料理


南アフリカ航空の説明
写真が・・・、見えにくいですね。 イメージで判断。
南ア航空

今度はどこにゆくかが決まりません。
NOE旅行社さんには沢山お世話になってます。
ありがとう。
政情が不安定ですので
観光できる国がすくなくなってしまい 行きたい国にゆけません。
シベリアかアフリカか・・・・・パラオもいいわね。

南アフリカのおいしいテイーを頂きました。
ルイボステイー
さっぱりとしておいしい。
はまりそうです。

そうそう
ビクトリアの滝 の いい写真がみつかりませんでした。


[ 2015/04/21 21:28 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

大使館

麻布には沢山の大使館があります。
リトアニア大使館近くにある3っつの大使館の写真を写してしまいました。

警察官が多いです。
中華人民共和国日本国大使館 ↓
中華人民共和国日本国大使館




イラク大使館通商部
(イラク大使館は渋谷にあります。)
イラク大使館商務部


オーストリア大使館
オーストリア大使館




[ 2015/04/16 23:44 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

リトアニア大使館

元麻布のリトアニア大使館にいってきました。


大使館正面のリトアニア国旗
リトアニア大使館正面

大使館の内部
リトアニア大使館




大使閣下夫人が自ら リトアニア観光の御案内です。
閣下夫人は巧みな日本語でお話くださいました。
これまで20ケ国近い大使夫人にお目にかかってますが
こんなに日本語を上手に話される夫人には
お会いしたことがありません。
日本語の上手さは一番です。 それもダントツの見事な日本語NO.1 。

画像を使ってにこやかにお話くださいました。
リトアニアと日本の 永遠の国交の睦まじさ を祈ります・・・・
リトアニア夫人



大正11年の官報が
すこし暗い階段の踊り場に飾られてました。
国家承認(国交樹立) を示す文書です。

その後ソ連支配時代を経て
1990年独立しました。
大正11年官報




主な写真を少し・・

リトアニア共和国はバルト海沿岸のばると三国のひとつです。
北海道の8割の国土面積に300万人
4000個の湖と多くの森
タイムマシーンで時空をこえたかのような風景のある国
歴史ある遺跡や建物が大切にされてます。

リトアニアタイムマシーン




キリスト教国になったのは案外遅く 14世紀以後です。
それまでは日本と同じ自然崇拝だったそうです。
日本は仏教伝来は  ’ブッキョウ ココニ(552年)アリ’ 552年つまり6世紀までは
自然崇拝・神道中心の八百万の神様 でした。


↓の写真は十字架の丘
おびただしい数の十字架が建ち並んでます。
‘十字架の手工芸とその象徴’ として 無形文化遺産に指定されてます。 
勿論 信仰心の表れですが、
ソ連時代は ソ連に対する抵抗の一つだったのだそうです。
十字架の丘



琥珀 や 木のバタベラ 木綿 が魅力あります
じゃがいも ライ麦の黒パン 乳製品 はちみつ ハーブテイ・・・。

この企画は
旅行社の御案内です。
ここのところ旅行者にはきびしい政情です 東欧は特に・・・
こういう時は 西欧が いいのだそうです。
フインランド航空会社の方の案内もありました。
(リトアニアなのにフインランドの話で恐縮デスといってました。

成田空港~ヘルシンキ(ヴァンター空港)

日本~ヨーロッパ間 最短時間
なんと
(8時間45分) 約9時間 !
という事で 夢の10時間切れです。

アトランタ経由(ポーラルート)

インド経由(サザンルート)
は過去の遺産・・・・

ハーブテイー や お国のお菓子などを沢山戴きました。
抽選もありました。
旅行社のおかげで楽しい時間が過ごせました。
又、リトアニアにゆきたくなりました。







[ 2015/04/16 22:48 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

北斗星

寝台特急 北斗星 も引退です。

北斗星

青い客車の ブルートレイン としてしたしまれた 寝台特急 北斗星も、
13日で定期運行を終了しました。
定期運行の終了。






本日 13日(金) の上野駅 ↓

北斗星 - コピー






北海道・函館本線を走る 北斗星  
雄大な景色の中を疾走する北斗星 ↓
北斗星 - コピー - コピー



[ 2015/03/13 20:05 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

華厳の瀧

日光 華厳の瀧 
平成25年3月5日の華厳の瀧です。
華厳の瀧
瀧の長さは100m弱。
本日の水量はマアマアだそうです。




御用邸の近くから上ります。
いろは坂をのぼって20分程で
標高1271mの中禅寺湖到着。
中禅寺湖①
この湖からの水が滝です。
一気に100m下に落ちます。



駐車場の近くは雪です。
雪
観光シーズンオフでしたので
スイスイと移動できました。
いろは坂は4時間位かかる事があるそうです。
この辺りは 干瓢と湯葉が名物です。
湯葉のお土産をいろいろ買いました。
それから日光彫の鍋敷きをかいました。


[ 2015/03/06 19:27 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

金谷ホテル

田母沢御用邸は 日光金谷ホテルに近いです。

お昼は金谷ホテルでした。
あこがれの金谷ホテル
現存する日本最古の洋式ホテルです。
金谷ホテル (2)
右奥は昭和天の陛下が宿泊されたという館。


お昼デス。
虹マス料理が名物のようですが、
ビーフシチュウーでした。
せめてカレーライス・・・・とおもいましたが。

レストランの飾りは日光です。
東照宮のおひざ元
彫刻は伝統的
迦陵頻伽  会津小新井吉田仙十良作
会津小新井吉田仙十良作けやき




この額の紹介がありませんでした。
日光彫り



日光彫りでしょうか。 さすがデス。
日光彫り (2)







[ 2015/03/06 19:24 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

旧多母沢御用邸

田母沢御用邸 にいってきました。
旧田母沢御用邸 (日光田母沢御用邸記念公園 栃木県の公益財団法人が管理)

日光田母沢御用邸
日本の伝統の匠と技 

建築様式として 江戸 明治 昭和の三時代にわたる 構成がされてます。
主に三階家部分は江戸
 皇后宮は明治 
 謁見所などの公的部分は大正。
 数寄屋風 書院風 京風住宅 宮廷風 和洋折衷様式 と様々。
    建築家達にとってもおそらく勉強になるのではないでしょうか。

昭和19年には 今上陛下が疎開されてました。

日光田母沢御用邸 - コピー






中庭からの三階家(江戸時代・紀州徳川江戸中屋敷の移築)
       左 (大正時代)
       右(明治時代)
三時代が美しく響いてます。
日光田母沢御用邸②
とても広く うろうろしてたら仲間とはぐれて迷子になってしまいました。


その魅力的な木造三階建て を庭から上手く写せました。
木造三階建 - コピー


日本の伝統 杉戸絵。
御用邸には杉戸絵が18枚あるようです。
木目を生かしたこの伝統は素晴らしい。
空間恐怖症のような隙間なく塗り込む洋画とはちがいます。
日光田母沢御用邸③
見学出来てよかった。












[ 2015/03/06 19:23 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

コーカサス三国 観光

グルジアワインの産地として有名なテラビイ村
というところに行けました。

そうそう
トビリシ出身の画家 ニコ・プリスマニ という人がいます。
マルガリータという絵が有名だそうです。
この画家がモデルといわれてる歌 に
百万本のバラ
があります。
日本では加藤登紀子さんが歌ってますね。
モデルの画家も作曲もグルジア人だそうです。

      ・・♪・


帰宅して新聞をみたら
グルジアの呼び方についての記事をみつけました。
ジョージア

グルジアはどうやらロシア語だったようです。

ちゅかれたあ・・・・
今回の 私の架空都市巡り は、いちおうここまで・・・・


[ 2014/11/03 11:57 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

コーカサス三国 グルジア共和国④

グルジア軍用道路
とは
トリビシ と ロシアのウラジカフカスを結ぶ200kmのハイウェイのことです。
1799年帝政ロシア軍が軍事用に切り開いたものです。
ロシアとコーカサスを結ぶ道として重要な役割を果たしてきました。
大コーカサス山脈の風景はプーシキンらを魅了してきました。
名前は 軍用 ですが、現在はフツーの道路です。
さあ、ロシア国境 まで数km カズベキ村  へ。
そして
そこから
コーカサスの高峰 ロシアとの国境にそびえるカズベキ山(5047m)
を 望む 聖三位一体教会(1923m) まで4WDでのぼります。

途中、城壁内の17世紀のアナヌリ教会に立ち寄り建物と壁画を見学
アナヌリ教会壁画

アナヌリ教会柱



         ・・♪・



アナヌリ教会を過ぎてどうやらいつのまにか軍用道路を走ってるようです。
あたりは紅葉です。黄葉が多い。
でも
それどころではないです。軍用道路最高点十字架峠(2395m)に向かってるのですから・・
スレスレの崖ぷちを走り続きます。だんだん雪の量も多くなってきます。
変なもの が見えてきました。
グルジアとロシアの友好の壁 です。
1983年につくられたそうです。ここは2286m地点
1983年ソ連グルの友好の壁画

近くで見るとかなり派手です。
ソ連グルジア



この軍用道路の最高地点2395mにある十字架峠です。
11世紀グルジアの王様が 
イスラム国であった北オセチアとの境を示すために十字架を建てたそうです。

この最高地点にお墓があります。
第2次世界大戦のドイツ人捕虜のお墓です。
グルジア人はお墓をまもってます。
ドイツ人捕虜の碑


ドイツ人碑が気になり 名前の十字架碑を写すのをわすれてしまいました。
参考資料よりの写真

そして、そのドイツ人捕虜がつくったトンネルを通り 私たちは少し下ります。
十字架峠




標高1760mのカズベキ村に到着しました。
面白いことに
カズベキ山(5047m) は、カズベキ村からしか見えないそうです。
カズベキ村

ここから さらに 4WDに乗って
1923mにある聖三位一体教会まで登ります。
四駆


4WD で胃と腸が逆転しながら走ります。
教会とカズベキ山が美しくみえます。
カズベキ1923と

ここからは 徒歩で 聖三位一体教会へ・・・
右は 鐘楼
1923M三位一体教会
あと何kmでロシア領です・・・・


連日の観光ですっかり疲れ
なんと 大揺れの4DW で居眠りデス。 生きる力ってスゴイ。

[ 2014/11/03 11:54 ] 旅行 | TB(-) | CM(0)

コーカサス三国 グルジア共和国③

ムツヘタはB.C4~B.C.5に首都として栄えた町
ムトウクヴァリ川と
アラグヴイ川が合流するところでもあります。
ムトウクヴァリ アラグヴイ川




古都ムツヘタを見下ろす丘にある
シュヴァリ大聖堂 6世紀
どっしりとしたスタイル 粗い石積みの壁
グルジア教会の祖型というべき集中式教会堂の遺構。
 シュヴァリ大聖堂6C
312年ミラノ勅令によってローマ帝国の圧制から解放された
初期キリスト教会堂は
バシリカ式 と
集中式
のふたつの形で発展しました。
バシリカ は 市場や集会場の建物をそのまま活用し細長い体育館のようなものです。
丸い集中式 は 宗教的な神秘性や秘儀性を強調します。古代から神殿として使われてきました。




ムツヘタには
グルジア最古のものといわれてるスヴェエテイ・ツホヴェリ大聖堂があります。
聖ニノによってはじめて教会がたてられたのがこの場所だったという。
スヴェエテイ・ツホヴェリ大聖堂


    ・・♪・


バシリカ式
集中式
ドーム式バシリカ   の教会建築  ↓

集中式教会堂
[ 2014/11/02 19:53 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

コーカサス三国 グルジア共和国②

アルメニア~国境~グルジア
来た時とほぼ同じ条件です。
細い山道を国境に向かって スレスレのバスです・・・
イケメンの若いドライバー氏は慎重な運転です。

山の中 霜 と思ってたら 雪まじり・・・。

霜



国境です。
写真で見る限り
現場でも 高速道路の料金所となんら変わりありません。
再び国境




グルジア入国できました。
お昼のレストランは 遺跡の上でした。



遺跡の上


[ 2014/11/02 19:43 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

コーカサス三国 アルメニア共和国といふ国

アルメニア語のアルフアベットは36文字あります。
絵ハガキ がありましたのでかいました。
アルメニア語のアルフアベット




今回の観光は久しぶりだったこともありブログが少し丁寧すぎました。
↓ の本を途中で買ってしまいましたのも 原因です。
アルメニア観光で 8つの修道院、教会 を見学しました。
この本にその8つが載ってましたので 元とろうと 張り切り過ぎました。
現地では 英語だ。安心だ。  と、なぜか思ってしまいました。
日本に戻れば やっぱ 英語・・・。
honn.jpg



米国で成功したアルメニアの富豪がつくった という
エレヴァン市内のカスケイドと呼ばれる名所の売店に
ゴーキーの有名な絵のポスターがありました。
映画のモチーフにもなった絵です。
カスケイド ゴーキー
旅行前は 悲劇の国、運命に翻弄されてる国 という印象でアルメニアにゆきました。

滞在中 な~んとなく へんな気がしてきました。
不思議です。
帰って来て 今、読んでる本も 何かいってます。
大虐殺はなかったとか・・・
あってもたいしたことではなかった。 などと 言ってる人もいます。
そう、どかかのお隣のお国のような何かが漂いはじめました。
アルメニア本国に住む300万人の2倍の人が国外に住み
産業のないこの国はその在外アルメニア人によって経済的に支えられてるそうです。
驚きです。
アルメニア人はしばしばユダヤ人になぞらえるようです。
離散の民 商才にたけ 芸術に優れてる民族
‘ユダヤ人3人よりアルメリア人1人の方が商売上手’ と言われてるとのこと。
財力を背景にした世界各地でのアルメニア・ロビーの活動も
ユダヤ・ロビーとならんで知られてるそうです。

知らなかった・・・・。

著名人
カラヤン ハチャトリアン 作家サロヤン 画家ゴーキー 歌手アズナブール


          ・・♪・


東ヨーロッパはアルメニアの若者はハイヒールです。
(アメリカならG-パンが最大のお洒落といってもいい若者フアッション)
私に話かけてきて スマホで写真を写してくれ といってきました。
全くのシロートです。
それにしても
このスタイル この美しさ
白人の多くはこれ
エレバンのハイヒール



アルメニアはコニャックが有名です。
有名なものは飲みます。
そう、さすがにおいしい・・・
アルメニア コニャック
その後 アルメニアコーヒー を飲みました。
例の ○○○コーヒー と 同じ 上澄みを飲むコーヒーです。
これもおいしい。
茄子の料理もおいしかった。

そうそう一つの疑問が解けました。
アルメニアのクリスマスは 1月6日 なのだそうです。
以前 クリスマスの情景 が 1月6日 と特定してあるので不思議に思ったことがあります。
アルメニアのクリスマスだったのですね。
他の国でも 1月6日 ってあるのかしら・・・・


[ 2014/11/02 18:32 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

コーカサス三国 アルメニア共和国⑦

ゲガルド修道院
洞窟修道院です。

その起源は4世紀まで遡るといわれてます。
アルメニアの教徒 と 石工 が、巨岩を掘り抜いて
聖堂、僧房、廟 などを造ったとといわれてます。
現在見られるのは13世紀の建築。
アルメニアは石の国
玄武岩のゲガルド



岩山の山奥に ひっそりと・・・
ゲガルド修道院


ここが削られた場所です。
ゲガルト修 岩をけづって


素朴に。
名物


観光客は多いです。
かんこうきゃく



[ 2014/11/02 16:16 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

コーカサス三国 アルメニア共和国⑥

リプシメ教会
アルメニア教会の典型と思える素朴な教会。
301年にアルメニア王と聖ゲオルギウスがここにチャペルを建てました。
アルメニアに布教にきた聖リプシメは石打ちの刑で殺されました。
その聖女の名前の教会です。(618年)
リプシメ教会


聖リプシメ教会のミサ
リプシメノミサ



       ・・♪・



ガルニ神殿
エレバンの南東約30kmに
ヘレニズムの神殿があります。
B.C.3 要塞と離宮跡 に再建した神殿。
太陽神ミトラに捧げられたもの。
1976年に再建されたものですが、
ぶるーと黒の玄武岩を用い 優雅な気品が漂います。
garuni神殿

[ 2014/11/02 15:40 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

コーカサス三国 アルメニア共和国⑤

エチミアジン大聖堂

アルメニア正教会の総本山
聖グレゴリウスが建てたといわれてる
アルメニア最古で最初であり 総本山です。

エチミアジン大聖堂
総本山内は 広く 明るく 荘厳です。
今までは 修行の場である修道院観光が多かったので
(内部には神学校もあるようではありますが・・・)
この開かれた雰囲気は 気分がかわります。

門も明るく開かれてます。
この日は日曜日なので
皆 ミサ のために うれしそうで お祭り(?)気分。
エチミアジン大聖堂


大聖堂は修復中でした。
私の目には ブリューゲルのバベルの塔 にみえました。
エレバンのバベルの塔・・・・
エチミアジン 


総本山での日曜日のミサ
すばらしい聖歌に感動
日曜日のミサ
敬虔にお祈りしているのに
スマホで写真・・・・
それから
売店で
聖歌のCDを買いました。



ノアの箱舟の破片
ノアの箱舟の破片
ミサのため ホンモノ はみられませんでした。
他にキリストの脇腹を刺した剣もみられませんでした。




[ 2014/11/02 15:37 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

コーカサス三国 アルメニア共和国④

ホルビラップ修道院
エレバン近郊 南 にあります。
アララト山が間近にみえます。

アララト山とホルビラップ修道院
ホルビラップ



この修道院には聖グレゴリウスが14年間も閉じ込められていた牢獄があります。
その後 世界初のキリスト教国(3O1年)になりました。
ホルビラップ修道院


アララト山(5165m) 富士山に似てる小アララト山(3925) トルコ領
ノアの箱舟が漂着したところです。
アララト山
[ 2014/11/02 15:31 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

コーカサス三国 アルメニア共和国③

セヴァン湖
アルメニアの首都エレバンの東約60kmにあるコーカサス地方最大の湖。
1897mの富士山の5合目くらいの高さにあります。

セヴァン修道院
この湖畔に二つの教会が寄り添うように建ってます。
セヴァナヴァック教会(9世紀)
聖カラヘ教会(4世紀)

セヴァン湖修道院



セヴァン湖
セヴァン湖


ハチュリカが置いてあります
ハチュリカ





[ 2014/11/02 15:30 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

コーカサス三国 アルメニア共和国②

次も Monastery complex です。
パフパットの山を少し下り
再び  1500m級の山に登ります。

サナヒン修道院 
(アルメニアの地方様式 と ビザンチン様式 の融合です。 
パフパットによくにてます。勝手ながらの番付で東の横綱カナ・・・)

この修道院群は 966A.D.の建立です。
聖ジョージの時に基礎がつくられました。
大聖堂 2つの教会 3つの講義室 図書館 鐘楼 学校
などがあります。

sanahinn 修道院




図書館内の柱 ↓
この網の目のような文様は
アルメニア紙幣5000ドラム(1300円)になってます。
サナヒン修道院文様


その5000ドラム紙幣
5000ドラ紙幣







   
[ 2014/11/02 15:28 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

コーカサス三国 アルメニア共和国①

アルメニアは世界最初のキリスト教国です。
3世紀末 聖グレゴリウスはアルメニアのキリスト教の
布教につくしていました。
トウルダト3世はキリスト教を弾圧し
ホルヴィラップ修道院の暗い穴に閉じ込めました。
が、
その王さまは病気になりました。
穴から出せば病気が治るといわれ
聖グレゴリウスを穴から出しました。
それ以降 トウルダ3世はキリスト教を受容しました。
301年 アルメニアは世界で初めてキリスト教を
国家宗教として正式に認めた国になりました。

アララト山
現在はトルコ領内にある5165mの山
旧約聖書・創世記によると ‘ ノアの箱船 ’の漂着した所とされている。
小アララトは3925m


          ・・♪・


国境を越えてアルメニアに入りました。

アルメニアは国全体の海抜が高く
国土の90%以上が1000~3000mにあります。
森林が少なく 川が多い 可耕地は17%
玄武岩の教会が多いです。

国境から 山に登っての
最初の観光は



パフパット修道院です。
1500m近いところにあり976年に建てられました。
いきなり横綱といてもいいようなすばらしいMonastery complexです。
聖ニノによる の伝説の修道院で 初期アルメニアとビザンチン様式の建築です。
 沢山のうつくしい施設があります。
3つの小教会 鐘楼 食堂 図書館 お墓 など

パフパット修
(写真は自身の記録のためになるべく写してきたものを使いたいのですが
あまりに差がある場合は絵葉書や本などから借用します。)

聖堂に入り 祭壇上のドームには大きなキリストのフレスコの壁画 です
壁画横綱


その左下のフレスコ壁画
pahupattoの壁画

こうなってます。
壁画は13世紀のものです。
13Cフレスコ 10C建物



図書館を出て
パフパップ修道院群の


建物の寄贈者でしょうか。
パフパップ修道院群 - コピー



ロマンチックな鐘楼 (英語の解説書には bell tower とあります。案外アッサリとした表現です。)
パフパットの鐘楼



アルメリア正教では ‘ ハチュリカ  ’ と いわれる十字架
それはそれは沢山みられます
ここのは 珍しく 十字架の中にキリスト像が彫られてます。
(たったひとつだそうです。)
ハチュリカ キリスト



[ 2014/11/02 15:25 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

コーカサス三国 国境

グルジア から アルメニア の 
国境です。
アゼルバイジャン~アルメニア は、直接往復できません。
地続きの隣国ですが、
国交がないので グルジア経由です。
帰りもわざわざグルジア経由となります。

グルジアからアルメニアの国境までバスです。
これが凄い・・・・。
グルジアのバスがアルメニアにはいりません。
ですから
私達一行は
 スーツケースを がらがら 引っ張って 水も持って
200m~300m の緩衝地帯・境界線を徒歩での国越えです。
ガラガラ
アルメニア入国です。
恐る恐る国境の写真を写しました。
あ~ 怖かった。
陸続き・・・ 隣は外国・・・・






何やら WELCOME の文字がみえてきました。
国境
[ 2014/11/01 18:09 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

コーカサス三国 グルジア共和国①

バクーから飛行機で1時間半  (今回の旅行の航空会社はすべてカタール航空です。 )
 グルジアの首都 トビリシ です。
トビリシはアゼルバイジャン人 アルメニア人など多くの民族が共存し国際的です。

トビリシの空港
グルジア国旗



トビリシ市内
ムトクヴァリ(クラ)川の崖の上に建つメヒテ教会
何度も再建されたが5世紀の創建 以来変わってない
十字架屋根の典型的なグルジア教会
12Cメヒテ教会






次は川を渡ってすぐにシナゴーグ
さあ、シナゴーグです。
シナゴーグ




シナゴーグの正面
信者が沢山いました。
シナゴーグ建物



これがシナゴーグの内部です。
シナゴーグ内部


何かかいてありますが わかりません。
むにゃむにゃ





そして すぐ近くに
シオニ大聖堂
グルジア正教会の総本山
沢山のフレスコ画 聖人のイコンがあります。
内部の写真はうつせません。
建物の感じはメヒテ教会によく似てます。
だんだん分らなくなってきました。
シオニDSC07578



国際都市 トリビシ市のモスク
モスク



イスラム風公衆浴場
イスラム風公衆浴場



[ 2014/11/01 17:59 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

コーカサス三国  アゼルバイジャン共和国①

アゼルバイジャンは昔から石油産出国として有名で 
特に20世紀初頭は バクーは世界の世界産出量の半分以上を占めてた時期もありました。

現在 ロシアがウクライナ向けの天然ガス供給を停止しましたので
同じパイプラインでガスを輸送してるヨーロッパはガスが不足して混乱を招きました。

 天然資源のガスは
ナブッコ・パイプライン計画といい
バクー・トビリシ・エルゴスム(トルコ) のBTEガスパイプラインは
天然ガスをヨーロッパに供給するための建設計画で壮大なものです。


いろいろむずかしい問題があるようです。

私は個人的に 子供の頃からの 憧れと好奇心の対象の地でもあります。
正倉院の工芸品 漆胡瓶
いわゆる ササン朝ペルシア様式  の 瓶。
ゾロアスターを開祖とする  B.C.7 現在のイランあたりで生まれたとされる 拝火教。

バクーにある拝火教寺院は インド北部とトルコ、シリア地方を結ぶ中継地として栄え、
かなり最近まで多くの僧や信徒の往来がありました。
この寺院は仏教でいえば本尊にあたる ‘火’があります。
簡素な広場と石造りの僧房に昔の寺院の様子が 少しわかります。
このあたりは天然ガスが豊富に埋蔵され
砂漠の中に絶えることなく燃え続ける ‘火’に
人々は 神聖 を見出した事でしょう。


いわば 本尊の 火 
拝火教寺院 - コピー

火 (近くで)
その火


再現されてる僧房 
ササン朝ペルシア

バクー市内のお土産やさん
バクー市内の店


正倉院の漆胡瓶
013-1正倉院漆胡瓶





・・♪・

コーカサスがシルクロードの道筋であったことはしりませんでした。
隊商たちが行き来したところでした。
団体の観光旅行のいいところ・・・・
かっての隊商宿・キャラバンサライを改造したレストランでの夕食でした。
ロマンチックな気分を味わいながら 米などをいただきました。
食後のサービス満点のベリーダンス・民族舞踊ショウーは もうビックリでした。
旧キャラバンサライレストラン




    ・・♪・



天然資源採集とガスパイプ ↓
とても 豊か とは思えない施設・・・・
町中いたるところ こうです。
天然ガス採集とガスパイプ

フレームタワー 火の炎のイメージだそうです。
バクー市内のモダンな部分。
フレームタワー





・ 殉教者の小道 ・
アゼルバイジャンにはいわゆる‘ 飛地ナビチェバン ’があります。
ナビチェバンはアルメニアに囲まれてます。

 ナゴルノ・カラバフ問題というのがあります。(よくわかりません。)
 
1987年頃から
両国は緊張状態が続いてます。
誠に苦い思いのつまった 殉教者の小道・・・・。
亡くなった日が 全て同じ日  殉教者の碑です・・・・
殉教者の小道





ホテルに飾ってあったアゼルバイジャン共和国の国旗  ↓
(写真を撮ろうとしてたら ホテルのきれいなお姉さんが助けてくれました。) 
アゼルバイジャン共和国国旗ホテル




ノーベル賞のノーベル一族は石油などで大金持ちです。世界50か国に100近い会社を持ち
バクーにもその会社はあったそうです。

ゾルゲ もバクーで生まれました。


バクー市内の市場 ↓
カスピ海のチョウザメ
バクー市内の市場



キャビア!
むふふっ
むふふ・・・・






[ 2014/11/01 13:40 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

コーカサス三国観光旅行!

コーカサス三国観光してきました。
コーカサス地図
コーカサスはヨーロッパとアジアの分岐点です。
古代から宗教や文明の十字路に位置してます。

カスピ海の石油、天然ガスなどの存在により
利権やパイプライン建設などをめぐって大国の侵略にさらされてきました。

‘ ソ連解体、1989年 ’  によりこの地方の重要性はますます高まってます。


日本ではなじみが薄く
コーカサス山脈をはさんで南北に分けられ
南コーカサスに該当するのが 1989年後に独立した
いわゆるコーカサス三国
 アゼルバイジャン共和国 グルジア共和国 アルメニア共和国 です。
 
他方
北コーカサスは
ロシア連邦南部の諸共和国で
チェチェン共和国 イングーシ共和国 ダゲステン共和国 北オセチア・アラニア共和国 などです。

同じ‘共和国’でも 南北では法的地位は異なり
北は ロシア連邦を構成する民族共和国
南は 国際的に国家承認を得た主権国家

チェチェン紛争 2004年の北オセチア・アラニア共和国の学校占拠事件などの悲惨な事件は耳にしてました。
カスピ海ヨーグルト カスピ海に生息するチョウザメのキャビア などは知られてます。
トルストイの‘コーカサスの虜’の舞台
作曲家       ハチャトリアン
指揮者で演奏家 ロストポーヴィッチ
画家         ピロスマニ
大相撲       黒海 露鵬 白露山(この二人は兄弟でロシア連邦北オセチア共和国) 栃の心 がが丸
            コーカサスはもともと格闘技が盛んです。

 
[ 2014/11/01 13:05 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

観光旅行

22日から観光旅行です。


コーカサス3国・・・
グルジア、アルメリア、アゼルバイジャン。
エッ、近い?
近い どころか
今、もめてる イスラム参戦5ケ国のひとつ カタールのドーハで乗り継ぎ
 カスピ海 と 黒海 に挟まれた コーカサス地方です。
カスピ海~黒海は 
ガスなどの天然資源の輸送のための重要な道なのだそうです。

トルストイの短編に コーカサスの虜 というのがありますね。
たしか プーチンさんも カフカス地方 がどうのこうの といってます。
よくわからない国にいってきます。

寒いのか暑いのか・・・

いろいろ御指導がありました。
ホテルのシャワーは 使えない事があるので 厚地の大型ウエットナプキンを沢山持参するように。
何かあった時のためにヒコーキの手荷持には3日分の衣類を準備するように。
など
ここのところ 海外には行ってなかった事もあり
あせって 行く前から疲れてま~す。
エボラもあるし、蚊もいるでしょうね・・・

グルジアはワインのお国
沢山貰えるから 日本の空(から)のペットボトルをもっていくようにもいわれました。
向こうのペットボトルはスーツケースの中でひどい事になることがあるらしい。
それにジップのポリ袋にガムテープも。




アマゾンで調べて
今回の観光のために 本とDVDを取り寄せました。 ↓
それにしても アマゾンは便利。
調べてくれます。
届けてくれます。
コーカサス取り寄せ




☆ 元黒海関は今頃・・・
☆ 栃の心関、九月場所優勝おめでとう。
☆ GAGA 丸 かわいい(がんばって・・・)
    五月場所のGAGA ↓
ガガ丸



これから荷物をまとめないと・・・・。
あまりの忙しさに 美容院に 行くのを忘れてました・・・
まあ、 いいか・・・。



 
[ 2014/10/21 00:14 ] 旅行 | TB(0) | CM(2)

ベルギー大使館

ベルギー大使館にいってきました。
石(宝石・ダイヤ)の展覧会です。
ダイヤを買うつもりもなく買いませんでしたが、
せっかくの御招待・・・
大使館という所には滅多に入れないと思い
いってきました。
ベルギー大使館
結構 立派な建物です。
国旗はドイツのににてます・・・。
ちょっとした催し物なので入口の近く
厳しいチェックもなく・・・・。 (残念!厳しい方がオモシロイノニ・・・)
あっさり入館。


ベルギーですね。 ↓
フランスの上。
オランダ・ドイツの隣。
東側はドイツ語
南側はフランス語  のお国・・・・。
両大国にはさまれて
なんか とてもタイヘンらしいです・・・。
ベルギー


そしてこの フランダースの犬 ルーベンスです。
ルーベンス
私はゲントの 神秘の子羊(フアン・アイク) この1点を観るためにベルギー観光にゆきました。
でも、連れて行ってもらいましたから もちろんそのほかもいっぱいみることが出来ました。フランダースの犬も・・・・。
そしてその時
一角獣のタピストリーのコピーなどのお土産もいっぱい買いました。

本日は
なんせ、 ダイヤと刺繍 の会なので デパートの雰囲気とかわりません。
2時からの 大使閣下 の御挨拶 をみないで・・・(?) 残念。
今日はあと二つ・・・。
ニューオータニと根津美術館へ GO   。






[ 2014/10/11 20:16 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

錦織 圭 決勝へ

うれしいニュースです。
ゆっくりの目覚めに スマホからのうれしいニュース。
錦織圭 全米オープンで世界ランク1位のN.ジョコビッチに 白星!
がんばれ錦織 優勝だア~。
錦織 ジョコビッチ(ベオグラートセルビア)


ジョコビッチはベオグラート出身 セルビアですね。
戦争の跡が残るセルビアに これは観光旅行で訪れた事があります。
首都ベオグラードでさえが、暗く・貧しく・寒く(晩秋、雨だった)感じました。
ソ連のかかわり方 複雑なユーゴスラビアの国の難しさなど 
私の単純な思い込みを充分に 展開 できる訪問でした。
そのあとモンテネグロは独立したのですね。
ショコダル湖 その近くの ‘ペリカンホテル’のオーナー ( 正教のイコンに描かれてるナントカ聖人に似てた。)
元気かなあ。もう一度いきたい。今度はコソボにもいきたい。

[ 2014/09/07 14:20 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

キューバ大使館

旅行社の案内で
キューバ大使館にいってきました。

キューバ共和国は
西インド諸島のひとつ。
メキシコ湾の入り口 大西洋とカリブ海にかこまれてます。
首都はハバナ、
日本からの直行便はありません。
現在アメリカとの国交はありません。
日本とは文化スポーツなどの交流があり観光にも力をいれてます。

16世紀~19世紀の400年スペインの植民地でした。

公用語はスペイン語

キューバ
日本との直接交流は1614年 伊達政宗の命を受けた支倉常長なのだそうです。
ハバナに支倉常長の銅像があります。
支倉は スペイン王とローマ法皇へ 伊達政宗の親書 を 渡すための途中にキューバに立ち寄ったそうです。
その後19世紀後半になって 日本人が少数移民しました。
日本人の子孫は素朴、不屈の精神、繊細な心、勤勉という民族の美徳をもって
この第二の祖国につくしました。


東麻布の住宅街にあるキューバ大使館
キューバ大使館



キューバ共和国大使
在日キューバ大使
急に決まったそうです。
大使自らキューバの観光誘致です。





大使館の職員
大使館職員
葉巻、お酒、T-シャツ などが、抽選であたります。
わたしはあたりませんでした。
おいしいキューバのコーヒーを戴きました。
チョコレートも。


大使館内にかざってある チェ・ゲバラの写真
ゲバラ
アルゼンチン生まれ
キューバのゲリラ指導者
40歳前になくなりました。

ヨーロッパの旧共産国ではこの写真をよくみます。




ヘミングウエイの話が沢山でました。
私はヘミングウエイをあまりよく知らないので
なさけないです。
機会があったら調べてみます。

ヘミングウェイ博物館。
ヘミングウエイが気にいってた 老人と海 にも登場するという コブレ教会。
コヒマル村のレストラン ラ・テラサ。
カストロと釣りした舟。などなど・・・
アーネスト・ヘミングウエイは
キューバが大好きだったそうです。






[ 2014/05/18 00:01 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

スペイン大使館・大使公邸

スペイン大使館・スペイン大使館公邸 にいってきました。
(私は季節労働者です。農閑期のこの時期は必死で遊びます。だから忙しいです。
  朝は早く目覚めて人間らしくふるまえます・・・・。)
スペインの大使館と大使公邸は同じ場所にあります。
サントリーホールやホテルオークラに行く途中に
スペイン大館がありますね。
広い面積です。
日本とスペインの関係は1549年(イゴヨロシク)のザビエル来日以来からの古い歴史があります。
今年は
慶長遣欧使節団派遣400年ということで
‘日本・スペイン交流400年事業’を開催中です。
鎖国などで微妙な関係の時代もありましたが
明治元年には国交樹立してます。
大使館の建物も歴史あります。



その事業のひとつ タパス展 がただ今スペイン大使館内で催されてます。
どなたでも 大使館内に入れて展覧会を無料でみられます。
大使館タパス展


タパス展を説明してくださる 大使夫人 ↓
後の背の高い方は館員
タパス展
  


タパスとはおつまみ的なイメージでしょう。
軽食とまではいきません。片手でつまめるくらいの料理です。
イベリコ豚や野菜や米など・・・。
そういったテーマでスペインの食文化のユーモアのある道具などの紹介です。
例えば↓の道具は まな板に穴が開います。パンを切って そのパンくずが 小鳥の餌箱に直結します。
タパス展展示物




      ♪





地続きの公邸です。 ↓
本日は大使閣下はお留守のようで残念でした。
スペイン公邸



公邸内からお庭拝見。
灯篭などが見える日本風のお庭はもみじや銀杏の紅葉が美しく見事でした。
大使公邸



ありました。 ↓
これはリヤドのベラスケスです。
よくできてます。







リヤドのベラスケス
[ 2013/12/13 18:25 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

箱根 続

箱根ガラスの森美術館にゆきました。
ヴェネチアにいったつもりになれる主にヴェネチアングラスの美術館です。
この時期クリスマス特集でした。
沢山のクリスタルガラスのツリーは
国内クリスマスツリーで
‘一生に一度、みておきたい’ で
2位にえらばれたのだそうです。 ↓
ガラスの森美術館


館内ではきれいなヴェネチアングラスが展示してあります。
クラシックな骨董品のグラスは古いというだけで魅力あります。
この時期 ヴェネチアングラスの プレセピオ が飾られてました。
キリスト教国の敬虔な雰囲気を味わう事ができます。
キリストの飼馬桶がありましたので
クリスマスの後の風景ですね。
そう思ってましたら
説明の方が 1月6日の情景 といってました。
・・・・・・。
どこが、なぜ・・・・。
プレセビオかいば桶
ヴェニス・セレナーデ・デユオ
マッシモ・トウリーニ(ヴァイオリン)

ロベルト・サルヴァライオ(アコーデオン)
によるクリスマスキャロルのライブ演奏をききました。




     ・・・・♪・・・・・



新江の島水族館にもゆきました。
いるか や
ペンギン や
クラゲ や
相模湾大水槽で沢山のお魚さんをみました。
わたしはいわしの大群に魅せられました。


             ♪

今上陛下の御研究
昭和天皇陛下
今上陛下
秋篠宮殿下

御研究のお部屋もありました。
御研究





        ・・・・・・・・・・


クラシックホテルに興味がありますので
富士屋ホテルが目的でした。
でも
もう、盛りだくさんの見物ができて
しあわせ でした。







[ 2013/12/09 23:34 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

富士屋ホテル(箱根)

箱根にいってきました。
日本の代表的クラシクホテル 富士屋ホテル です。
宮ノ下から眺めてた あの花御殿に宿泊できました。

擬洋風建築に入るのでしょうか
4つの建物が登録有形文化財
本館(明治23年)
西洋館(明治39年)
食堂棟(昭和5年)
花御殿(昭和11年)

竜宮城 か 新しい歌舞伎座 か
はたまた今は少なくなったお風呂屋さんのような 唐破風の正面玄関。
正論(産経新聞)




 
内部も細やかな心くばりの装飾が多く
‘近代の時代’(!?) の 歴史と伝統の 悲しいまでのロマンをただよわせてます。
(現代の使いやすいホテルを思うと
あちらこちらに不便さはあります。
 この不便さがいいです。)
img015.jpg





希望すれば時間を決めてホテルのコンシェルジュが
ホテルの中を案内してくれます。
創業当時の苦労話も楽しく
運ばれてくるバターやミルクは列車で平塚まで・・・
あとは人力での到着だったそうです。
2代目の旧姓は 金谷さん。
そう、西洋留学経験の日光金谷ホテルの二男さんが
このホテルのお婿さんになったのだそうです。
館内にはホテル博物館があります。
初代シェフのフランス語のレシピやメニュ・・・・。

いろいろな考案の中でも花御殿名物
花の名前の部屋の ‘大きなキイホルダー’は有名です。
富士屋ホテル花御殿
富士屋ホテル花御殿




花御殿はすべての部屋に花の名前がついてます。
その花の絵が各部屋にかざられてます。
そしてその花の絵が描かれた 大きなキイホルダー ↓
当代3代目キイホルダー
(これは3代目キイホルダーだそうです。)  



三井万里画伯のその原画 ↓
あやめの間
お部屋に飾られてたあやめの絵はこの原画とは別なあやめでした。



 初代キイホルダー ↓
保存され 
展示されてます。
名物初代キイホルダー






食堂棟 の天井などをよくみるように
の 御指導でしたが
暗く、多分、長年の汚れ、よくみえませんでした。
欄間と思われる飾りは昭和初期の棟梁の意気込み 素晴らしい。




さすがに食事はおいしく
ローストビーフは素晴らしかった。
他のテーブルでの
クレープシュゼット を 見学(?)して
一緒になって拍手までして楽しみました。



朝食はブッフエ式にしました。
御多分にもれず 
ホテルのカレー のおいしさよ・・・・。
山盛り2杯 いただきました。
もちろん 福神漬 と ラッキョ も。





富士屋ホテルは
とても混んででたいそうな御繁盛でございました。
明治のきびしさ
平成の豊かさ
を 感じました。





[ 2013/12/09 21:39 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

Baroque

Author:Baroque
ここに引越しました。
本は友達!
絵(ルネッサンス・マニエリスム)音楽・お相撲・歌舞伎・お能・文楽・落語、・食べること大好き。

・・・・・・・・・♪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


Baroqueの優雅な昼下り
  http://fzksakura.blogspot.com/
もよろしく。

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