Baroqueの優雅な昼下り②

ここに引っ越してきました
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古桑庵(こそうあん)

古桑庵での
文菊師匠の落語 でした。
自由が丘古桑庵です ↓
古桑庵


座布団です  ↓
古桑庵座布団



お人形です  ↓
古桑庵お人形
会場にふさわしいというのでしょうか
演目は、 高麗の茶碗(猫の茶碗)  と、 隠居の茶の湯(茶の湯)  でした。
文菊さんは、すっかり立派な噺家になりました。
今日は年末のせいでしょうか  なんと、古桑庵の側で道路工事中!
ガガア・ガガア・・・・
人口知能と違って噺家さんは、集中力が大切 。
面白可笑しくそのことを、語ってました
芝浜 をやりたかったようですが、隠居の茶の湯 に変更 といってました。

終わって 自由が丘亀屋万年堂 で、くずもちを食べました。







                   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


私も・・・・・
私も - コピー
皆がやるから 私もやってみました。
楽しくならないので やめました・・・・








先日 昭恵夫人のお店UZUにいってきました。

昭恵米 ↓
昭恵米
お酒も 肴も ごはんも美味しい・・・・・






師走です。
お買いものにゆきました。

おんがくのカフエ  ↓
おんがくのカフエ


ネットで見つけた写真
今は なんでもスゴイ
プラモデルを1:1で作る会
大洗礒神社
大洗磯神社プラモデルを1 1でつくる会 - コピー
[ 2016/12/03 00:25 ] 劇場 | TB(0) | CM(0)

九州場所12日目

何たる男よ
 三横綱を3日間連続で倒しました。
横綱に三連勝
(写真は稀勢にゃん)

混沌としてきた 九州場所。
巴で、稀勢の里 優勝!
そして ヨコヅナへ。

[ 2016/11/24 18:30 ] 大相撲 | TB(0) | CM(2)

大相撲九州場所10日目

本日の稀勢の里   ↓
なんたる男よ。

20161122181448d74[1]



今日は、九州場所の千穐楽デシタ。
明日は まけてもいいです。
(日頃の性格が悪いから・・・・です。生活だったかしら・・・)
テッポウ厳禁
写真拝借しました





[ 2016/11/22 18:20 ] 大相撲 | TB(0) | CM(0)

九州場所7日目

7日目、
牛久はお通夜でしょうが・・・・



面白い写真デス  
正代関の お祖母様  正代正代(しょうだいまさよ)さま  ↓
  
 201611191833429bc[1]






みんなガンバレ

[ 2016/11/19 18:11 ] 大相撲 | TB(0) | CM(0)

九州場所6日目

6日目デス。
ラジオ放送を 淡々と聞いてます・・・

フランスの新酒 ↓
(ペットボトル  898円)
今年もやってきました。この季節!
例年、九州場所の時が 解禁の日 だったかしら・・・
去年は何時!
心許ない 記憶 だわ。
お味はよくわかりませんが、
新酒なのに 一夜明けて   本日になってからの方が
おいしい ような気がします・・・・
DSC_0101.jpg
な事を、言ってるるうちに
思ってもみなかった 遠藤 ・・・・・・・・♪
☆彡✨☆彡✨ キラキラ遠藤 金星!


[ 2016/11/18 19:50 ] 大相撲 | TB(0) | CM(0)

クラーナハ  展

クラーナハ展にいってきました。
とても、楽しみにしてました。
沢山のクラーナハの作品でした。
img164.jpg
画集ですっかりお馴染みですので、
何回もみてるような気がしてましたが、日本初のクラーナハ展
「クラーナハというよりも  クラナッハ(1472~1553 ) になれてます。」
北方ルネサンスも大好きですので、何故か 最近では デユーラーと間違えて、
クラナッハイメージするとき、 デユーラーから切り替えるという作業が加わりました。




ヨーロッパの美術館で数多くみてますが、
ポツンポツンと 数多くみすぎて どこでどの作品をみたのかが
わからなくなってます。
そして
こうして 日本でゆっくりみると 案外 絵が小さいのに驚いてます。
又、先取りしてる新しいセンスにも・・・
ヴィーナス
展覧会の副題名の 500年後の~ という事は、 何が・・・ とおもいましたら
1517年からの宗教改革から・・・
クラーナハがはルターと親しかった   という事のようです。

宮下規久朗氏の新聞記事を参考にして・・・・  ↓
ドイツで起こった宗教改革によって聖像破壊の嵐が吹き荒れ
多くの画家は制作停止に追い込まれました。(グリューネヴァルト、リメンシュナイダー等)
デユーラーは、聖母像を描かなくなり、
アルトドルフアーは風景画というジャンルを創始しました。
クラーナハは、
ビーナスやルクレテイアといった異教徒的で官能的な主題に活路をみいだしました。
それらにはイタリア的なおおらかなヌードとは異なる
淫靡で怪しいエロテイシズムがただよっています。
宗教改革による価値観や美意識の混乱が生み出した特異な芸術でありました。
宮下先生の解釈が素晴らしいです。
五百周年記念の 副題も、さもあり南無。

それから 気になる(父) は、(子)が、同じ名前だったという事で、圧倒的に(父)のほうが、活躍の度は高く
上手(じょうず)なほうは(父)のようです。



ヴィッテンベルグの宮廷画家で大型の工房を持ち大量生産してたようです。
ヴィーナスとクビド







ピカソも挑戦したようです。
この作品ではないですが、ホンモノのリト作品はよかった。
ピカソのリトグラフ
でも、ピカソの挑戦は、 
お国の先輩ベラスケス への尊敬の意とは、比べる事はできません。 
苦労してるわりには
あまり 成功してる とは、言い難いようにおもいました。
(熱意も少なかったのかしら)

遠くで岸田劉生に似たような絵だわ・・・・と、思ったら 
ホンモノ でした。劉生は、影響を受けたのだそうです。


何年か前  オーストリアのインスブルックで みました。
クラナッハの聖母子像1520年インスブルック大聖堂聖ヤコブ教会
クラナッハ 聖母子像 (1520年) インスブルック大聖堂 聖ヤコブ教会

写真が見つからず、お借りしたモノです。 よくわかりませんね。
現場では、もう少しよくみえました。
クラナッハ初期の作品か(?) と思いました。
[ 2016/11/13 15:34 ] 展覧会 | TB(0) | CM(0)

この樹なんの樹

♪ この樹なんの樹  
 ♪ 気になる樹~  🎶
先日、テレビCMをみて
この木を思いだしました・・・・
モンキーポッド
日立の樹 すてきです。
ハワイ オアフ島 にあるモンキーポッドという木だそうです

モンキーポッド
学名 Albizia saman, Samanea saman
熱帯アメリカ原産
マメ科 ネムノキ属
常緑高木
別名 レインツリー アメリカネムノ木

現在のCMは
日立の第9代CMだそうです。
HITACHIのページ
日立の樹プロフイール



突然ですが、
トランプ氏のわかかりし頃
若い頃のトランプ氏
現在は
190cm 105kg だそうです。
この数字だけ見ると
新弟子検査は かるく合格です。




九州場所前
新弟子検査

ヤング一郎君(18歳)  ↓
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武蔵川部屋のHPからE-mailで応募   
お父さんがアメリカ人
お母さんが日本人   だそうです。




永谷園がついに復活!   ↓
11月の商品から  順次
0aa51_249_2016-11-10-140032[1]
まだ店頭では、お目にかかってません。


[ 2016/11/10 17:36 ] 徒然 | TB(0) | CM(0)

地下鉄 清澄白河から門前仲町 付近

お相撲・歌舞伎・落語に登場する町 深川辺りを
お散歩してきました。
道中 手に入れた
江東区イラストマップ ・深川食べ歩きマップ を、
片手に・・・・
清澄通りを南下します。
このマップはスマホよりかなり親切です。

①清澄白河駅から 清澄庭園(スタート)
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清澄庭園といえば、紀伊國屋文左衛門(元禄) 
明治には三菱財閥が買取り 日本有数のお金持ちの家の庭です。
本日は後があるので 外からの拝観 にしました。

②霊巌寺
  松平定信の墓
  この地名の由来の 陸奥白河藩主松平楽翁公之墓 
DSC_0070.jpg

img163.jpg
寛政の改革 などを、成し遂げました。
例の
‘ 白河の清き流れに魚住まず元の濁りの田沼恋しき ’

清き楽翁公。



③深川江戸資料館
ちょうど、その奥州白河の物産展 が、催されてました。
DSC_0067.jpg
お蕎麦でも買おうかともおもいましたが、後があるのでやめました。


④ 1回休み
館内は大鵬展でした。
大鵬さんは、清澄に住んでたそうです。
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DSC_0065.jpg

DSC_0063.jpg


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➄振り出しに戻る
  (南下する予定が、間違えて清澄通りを北上しました。)
  両国の方へ足がむきました。
  大嶽部屋(大鵬道場)は何処?
 
  中村芝翫旧邸
  DSC_0072.jpg
偶然見つけました・・・。
今、話題の四人同時襲名 成駒屋 ですね。


 間違いに気がつき 今来た道をバスで ひきかえしました。


⑥ 深川ゑんま堂
   やっと 到着
   DSC_0077.jpg





今回は、ほとんど これが目的
DSC_0073 - コピー





曽我五郎
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助六ですね。 成田屋!

⑦ 富岡八幡宮
相撲好きなら 一度は行ってる 由緒ある八幡様
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お天気のよい休日なので 七五三 のお参りでとても賑やかで晴れがましい富岡八幡さま 


伊能忠敬像
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前に来た時は、あったかしら・・・?

深川めし
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ここのが一番おいしい  と、聞いたので・・・
とても おいしかった。何よりも量が多く お腹いっぱいになりました。


深川永代寺
成田山深川不動堂
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深川永大寺は富岡八幡宮の別当です。
内仏殿参拝が出来 いろいろお願いができます。

知人のコンサートがあるので 拝聴しました。
心を込めた手造りコンサートは、胸を打つものがあります。



その後、月島まで出かけました。
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もんじゃ焼き ではなく、焼きそば にしました。
月島温泉 という銭湯です。

深川架空都市巡りでした。


[ 2016/11/06 19:01 ] 展覧会 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国  ⑰

テヘラン

イラン国立考古学博物館(バースタン)


この博物館は
二つにわかれてます。
古代からササン朝までのペルシャ時代
アラブからイスラムが入ってからの時代    です。

私は古い方にのみ行きました・・・・
イラン国立考古学博物館

古い時代のペルシャ
   ペルシャ時代





エラム王国は
旧約・新約聖書にも言及されてるそうです。
イラン南西部にBC3000年中葉~BC7世紀まで栄ました。
この地方は 
木材・鉱物資源が豊かな 山岳地帯
と、
豊かな水を灌漑によって利用した平野部
によって占められてました。
独自の文化を築きその文化遺産は多数出土しました。
(ルーブル美術館・スーサ博物館・イラン考古学博物館に分蔵)
エラム王国は三期に分けられます。
エラム古王国 BC2500頃~BC1500
エラム中王国 BC1275~BC1240
エラム新王国       ~BC742

土着の種々の民族によって構成されていたようです。
プロト・エラム文字という絵文字
その後の線文字
もあったようですが、これらは
解読されてないようです。

エラム王国 チョガ・ザンビル のジッグラト  (おそらく BC12ごろ  )
ペルシャのジックラトさん


   ペルシャのジッグラトい




   ペルシャのバベル
ジックラトはメソポタミアの聖塔で、神々が神殿に降臨するための門でありました。
本格的ジッグラトは BC2100年ごろ現在のイラクのウルがメソポタミアを統一したこ頃
ウルの主神(月神)の神殿を建て 付属する
聖塔ジッックラトを建造しました。
BC6世紀頃までにメソポタミアやエラム(現在のイラン)に造営されました。
エラムには 30くらいの存在が、証明されてます。
最も保存状態のいいのは ‘ウルのジッグラト‘です。

エラム王国のチョガ・ザンビルには行きませんでした。
が、
イランでは、これが一番良い状態で保存されてるそうですので、
少し調べました。
1935年の油田の調査の時に偶然発掘・発見できたそうです。
50mはあったと思われる 聖塔です。
西イラン

西



チョガザンビルの模型
キリスト教圏とくに ヨーロッパでは、これが バベルの塔 と、言われてる事が多いそうです。
まあ、そう遠くはないですし、あり得る事ではあります。
十字架 といい、
バベルの塔 といい
機能性と美しさ が、抜群のこれらは、宗派を問わず  
偶然か、真似か は、わかりませんが 素敵です。




時代は、下ってアケメネス朝です。これはペルセポリスですね。
   DSC09402.jpg




ペルセポリスの謁見の間 への階段
ダレイオス大王
      ダレイオス大王とクセルクセス(左)


ペレスポリス100柱の間の柱頭の飾り
    DSC09405.jpg





パルテイア朝の貴人の像  ↓
この像は、日本に来た事があるそうです。
(教科書などで見たことがあります。)
この像を拝見した・・・・・というだけで
アケメネス朝 と、ササン朝の間に 時代的に位置してる
パルテイア朝を 少しだけ調べてみました。
博物館でみただけです。
アレキサンダーの東征とセレウコス王朝の支配(BC4~BC2ごろ)には、
ヘレニズム文化が移植されました。この時期の事はほとんど知られてません。
セレコス王朝はシリアのアンテイオキアを都にしました。
イラン高原東北部のホラサンなどはそこから独立したようです。
それから
アケメネス王朝の属州パルテイアに侵入しました。
アルサケス朝パルテイアの歴史がはじまったようです。
アルサケス1世は間もなく亡くなり弟のテイリダテス1世(BC211)
が継ぎ ヒオルカニア、メデイアなどイラン北部・西部へ進出 
さらにバビロンなどのメソポタミアを占領し
イラン高原南部の スシアーナ、ペルシスなどを征服しパルテイア帝国を樹立しました。
東はサカ族を征服し  メシポタミアからアフガニスタン南部にいたる広大な領域を支配しました。
セレコウス王朝に変わったローマ共和国が、メソポタミア、アルメニアなどと衝突し
内乱などもありササン家のアルダシール(224~240)にやぶれ
アルサケス朝パルテイアは滅亡(226年)

アルケサス朝パルテイアは、
前代のアケメネス王朝 と、 次代のササン朝がイラン的色彩が濃厚な文化を創造しましたが、
ヘレニズム文化を積極的に受容したので
非ペルシャ的色彩が濃い。
しかしながらイラン国内の考古学研究があまりないため資料がほとんどない。
これに対し いらく、シリア、トルコメニスタン、アフガニスタンなどの周辺都市遺跡は、発掘され
両隣接地区の美術はその不足を補足してます。

アケメネス朝後 の   パルテイア朝の貴人立像(BC1~AD1、ジャミー出土、 ブロンズ194cm)
これは日本に来た事があるようです。
    アケメネス朝パルテイア王子


このパルテイア朝の諸都市の都市設計プランは、円形(楕円)が多いそうです。
中心から四方に大路を配し東西南北に4っつ門があります。
(ウズベキスタン、 タフト・イ・スライーマン、ハトラなどに遺跡がある。)


タフト・イ・スライーマン遺跡
中央におおきな池がある。
タフトイスライーマン遺跡







ハトラの都城跡平面プランと都城跡の中央部分

イラン北部モールス市90kmハトラ(現、アル・ハドル)
この時代のもので、最もよく保存されてる。

ハトラの都城跡平面プラン


アッシリア、ヒッタイト、メデイア、ホルムズ、西トルキスタンなどでも発掘されてる。



        ・・・・



ハンムラビ法典のコピー
(本物はパリ・ルーブル美術館にあります。)
BC18世紀後半 イラン・スーサ出土
上部 太陽神が、立ち上がったハンムラビ王に法典をさづける場面。
     ハンブラビ法典のコピー


ハンムラビ法典の楔形(せっけい)文字
     スサ出土 クサビ文字



         ・・・・


ギーラン出土の椀  ササン朝
        DSC09416.jpg

ギーラン ササン朝    ↓
     DSC09417.jpg

帰えってから
吉川弘文館
深井晋司・田辺勝美 著
ペルシア美術史

楽しく読んでます。




これで、今回の 架空都市 は終わります
[ 2016/11/02 23:39 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国 ⑯

テヘラン
テヘランはイランの首都
人口1100万人
イラン北西部の標高1400mにあります。
北部にアルボス山脈があり その北側はカスピ海です。
テヘラン中西部
ドバイからほぼ垂直に上ってテヘランに到着
その後、国内線でシラーズ下り
そしてシラーズから再びバスでほぼ垂直にテヘランに戻りました。
ガラス博物館 と、イラン・バスタン博物館の見学です。

ガラス博物館 (アブギネ博物館)
邸宅博物館です。
大使館にもなった事があるようです。
ガラス博旧邸宅アブギネ



これを見に わざわざ日本からやってきました。
ギーラン州出土 6世紀ササン朝ペルシャ
アブギネ博
テヘラン北のアルボス山脈・一山こえて カスピ海沿岸にギーラン州があります。
降水量の多い土地だそうです。

DSC09365.jpg


DSC09362.jpg


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深井晋司著 ペルシャのガラス オリエント選書12
         日本オリエント学会監修 東京新聞出版局
とても 解りやすく、✌('ω'✌ )三✌('ω')✌三( ✌'ω')✌楽しいです。ワクワクする本です。

          
                ・・・・♪・・・


 正倉院の宝物(旧御物)

正倉院白瑠璃椀
正倉院白瑠璃椀 



こちらは安閑天皇陵出土 6世紀前半 国立東京博物館蔵
安閑天皇 6世紀 東博 - コピー
正倉院のと そっくりですが、正倉院のが数段質が高いそうです。


瑠璃杯
瑠璃杯 コバルト 正倉院



漆胡瓶
漆胡瓶 胡はペルシア 鳥

さあ、さあ、さあさあさあさあ・・・・
見て下さい。
貴国  ペルシャ(胡)の御品は、ここありますよ。
こんなに いい状態で、
こんなに いい保存  で
こんなに 大切に・・・・・

日本って凄いんですよ 
日本人ってすごいんです。

これだけで油1000年分の価値あるでしょう・・・・。
仲よくしましょうね。




[ 2016/11/02 20:54 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イスラム・イスラム共和国 ⑮

テヘランに向います
カシャーン
シャー・アッバース大王の造った美しい庭園
フインガーデン
ここも 水です・・・・
上手く高低差を利用して水が巡回できるように設計されてるそうです。
カシャーン アッバース1のフインガーデン

今度は宮殿です
サーダバード宮殿
パーレビ国王の旧夏の離宮
広い広い宮殿 です。沢山の建物がありました。
水が豊富なのでしょう・・・
豊な樹木で覆われた宮殿です
彼の弓は、領地の限界を決めます(イラクとの国境とか・・)
DSC09465.jpg


テヘランへの途中 アビネ村 にゆきました。
2000m高さにあります。谷の斜面の階段状に建つ家々
この村は 水がとても豊富です。
イランの柘榴。
アビヤネ村の柘榴
イラン西北部から南西部にかけてザグロス山脈があります。
柘榴の名前の由来かともいわれてるようです。
もしかして原種(?)
そんなはずはないです。

こんな道をドンドン バスで進みます。
礫沙漠というようです。
礫砂漠


テヘランに向かう途中 塩湖もありました。
遠方白いのが、塩湖だす。
塩湖に





テヘランでは一般家庭訪問 という事です。
思ってた雰囲気とは違いました。
かなり ハイソな御家庭です。
テヘランの北側 の高級な住宅地区のインテリ家庭
一般家庭
チャイタイムは素敵でした。
夫人と共にハンサムな御長男の おもてなしは うれしかった。
(アメリカ在住・只今帰国中・・・トカ)
[ 2016/11/01 19:54 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国 ⑭

イスフアハンの アルメニアタウン
市内 川をはさんで 南側の1画にアルメニアタウンがあります。
アルメニアは最初にキリスト教を公認した国 という事ですね。
イランと地続きの隣国です。何年か前に沢山のオーソドックスの教会を見物(!)しました。

なんと、
イランはイスフアハンに
オーソドックスのヴァ-ンク教会があります。
(この事は初めて知りました。)
イスラム風ドームの上には十字架です。
アルメニア


誇り高きアルメニア人の宗教関係者でしょう
誇り高きアルメニア人
イランでキリスト教とは・・・
少しドキドキしてます。
後で聞きました イスフアフアンには
こういう教会は18個あるそうです。
周辺には30個くらいあるそうです。
道内の壁は隙間なくキリスト教の壁画でみたされてます。
アルメニア教会さん


最後の審判 ですね。
DSC09025 - コピー



tenngoku - コピー





博物館もありました。
印刷機
資料館いんさつき
印刷機はワイン絞り機から考え出されたと聴いてます
印刷機はキリスト教を思い出させてくれます。
1455年グーテンブルグのいわゆる四十二行聖書を印刷
世界で48セットのこってるそうです。日本は慶應大学が1セット所蔵してます。
今、アルメニアの美味しいコニャックも思いだしてます。
(この地区では、イランでも、お酒が飲めます
これも驚きです。で~も、なんか不安デス 。
あの美味しいアルメニアコニャックを‘飲め’と言われても ここでは遠慮します。)


美しい聖書・・・
時祷書でしょうか・・・
聖書
何時の時代? と注意してみましたが、
何かよくわかりませんでした・・・)

[ 2016/10/31 22:40 ] 旅行 | TB(0) | CM(2)

イラン・イスラム共和国 ⑬

イスフアハンのチェヘルソトウーン宮殿
アッバース1世の1599年にイスフアハーンが首都に選定されました。
サーヤンデルードとヨバレル河川 と平原によって
緑豊かな歴史的都市設計を
完全に象徴したいわば人工都市です。
庭園が沢山ありました。
これは、イスフアハーンの都市計画の一つです。
 今は二つ残ってます。
チェヘルソトウーン宮殿は
まず庭園が出来ました。
その後 建物がたちました。
外国からの賓客をもてなすためものです。
エイヴァーンと呼ばれるテラスもあります
チェヘルソトウーン宮殿


中央のプールの四方にあるライオンの口からは 水が流れ噴水もあり
水面に宮殿が写るように設計されてます。

テラスの噴水


宮殿の広間は、相規模な装飾鏡:細工 壁の壁画 木製の柱 ムカルナスという鍾乳石の装飾も美しいです。
宮殿に入る


壁の壁画 ↓
この絵は有名なもののようで、
宿泊したシラーズのホテルにもこの絵のコピーが飾られてました。
私は、絵ハガキも買いました。
この絵の頃はワインを飲むことができましたね・・・・
壁画

宮殿の廻りの水路は植物を潤し美しさを増してます。
日本人には何でもない植物も 地域によりますがイランでは誇るべきもの、欠かせないもののようです。




イスフアハン
都市発展の理由となった川に掛かる1600年初頭のスイ・オー・セ橋(33橋)
スイーオーセ33橋 
川には、なんと、一滴の水も流れてません・・・。
季節によるのだそうです・・・。
[ 2016/10/31 18:53 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国 ⑫

イスフアハンの ジャメモスク です
ジャメモスク ジャメモスクとは金曜礼拝のモスク の意で、
その街の一番おおきなモスクである事が多いです。
このイスフアハンジャメモスクは、760年頃から建てられ初めて
現在の建物は10世紀~16世紀頃までに建築修復増築が繰り返され
過去1000年のイランイスラム建築の特徴をもってます。
イスフアハンジャーメモスク


北・南・東・西のエイヴァンというテラスを有するし
四方から中庭を囲むようにしてます。
これはイラン建築様式の一つのようです。
イスフアハンジャメモスク


このモスクはイスラム期イランの歴史的建築を集めた博物館のようで
最も重要なイランの歴史的建造物の一つです。
装飾の素晴らしさには目を奪われます。
文字も装飾になってます。書体も日本の書道のようにいろいrぱります。
アラビア語・ペルシャ語があるらしい・・・。
柱の材料も構築も 凄いらしい・・・・

イランの歴史的建造物


銃弾跡です。
ガイド曰く この度のイイ戦争でのイラクのだそうです。
イイ戦争の跡トカ

え~と、何世紀からでしたかしら・・・・ ↓
760年ゴロカラ


4っつのテラス(エイヴァーン) が、わかるのでしょうか。

[ 2016/10/31 16:02 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国 ⑪

イスフアハン
イスフアハンはアッバース1世の下で繁栄しました。
王の広場(イマーム広場)を中心に 王のモスク(イマームモスク) バザール 宮殿 神学校が、建設され
貿易が推奨され世界の商品が集まり 世界の半分 と称される繁栄を謳歌しました。
イスフアハーンには 隊商宿(キャラバンサライ)があり貿易の中心でありました。
伝統工芸品のペルシャ絨毯の産地でもあり、刺繍、金属細工、彩画陶器 などの工芸品が、ヨーロッパに輸出されてました。
特に 王のモスク は、青色のタイルで装飾された美しいドームを持ちイラン建築の粋といわれてます。

☆アッバース大王(1571~1629年)
  サフアヴィー朝
  イスフアハンを建設 現代イランの基礎を築いた苛烈なるシャー





イスフアハン イマーム広場
イマーム広場は、まわりを青を基調とした精密なアラベスク模様のタイルで覆われた
モスクや宮殿によって囲まれてます。 
‘イスフアハンは世界の半分 ’といわれた 楽園のような都市でした。

イマーム広場
イマーム広場のパノラマ - コピーいい写真をみつけました。 ↑


左・シェイクロトフオラー   中・イマームモスク  右・アリカプ宮殿
イマーム広場

王のモスク(イマームモスク)
王のモスクさん

王のモスク


王(イマーム)モスク の ムカルナス
イマームモスクのイーワーン

モスク内部
モスク内部

イマームモスクのイーワンのムカルナス
ムカルナスとは、鍾乳石の◎天井のこと。10世紀イラン北西部で発展しました建築装飾で単純な幾何学的要素を繰り返したものです。イスラム建築で特に優れているのは内装です。(庭園も)
偶像制作が、禁止されてたため 装飾が発達しました。文字・幾何学図形・植物などを描いた文様が発達しました。アラベスクです。イスラミック・カリグラフイー(装飾文字)でコーランを装飾とし引用しましたので、イスラム教徒は母国語の他に必ずアラビア語を学んでます。


マスジェデシェイフ・ロトウフオッラー モスク
薔薇モスクミナレトなし
黄色が多くつかわれてます。

ミナレットがないモスクです。世界一優美なモスク 薔薇のモスク といわれてます。
シェイクロトモスク

ima-mumosukuno.jpg





アリカプ宮殿
イラン最初の高層建築
アリカプ宮殿世界最初の高層建築






イマーム広場の廻りには沢山のお店がならんでます。
いろいろな、お店があります。店先で金工細工をしながら商品を作ってるのもあります。

以下はイマーム(王)の広場廻りのお土産やさん です。

今まで 私が見た中で一番おおきなラピスラズリーです。
DSC09184 - コピー



DSC09174.jpg

大きいです
大きいの

大きいです
大きすぎる

大きいです。
DSC09209.jpg






こちらは チャイハネ(喫茶店)です
チャイハネ喫茶店

☆旅行中約1000枚の写真を写しましたが、あまりにも下手な写真は難解ですので、拝借したのもあります。
[ 2016/10/30 23:56 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国 ⑩

ヤズド ⇒ イスフアハン です

途中
キャラバンサライ 隊商宿を見学しました。
そばにラクダがいました。(草が少しあるので ある意味放し飼い)
カナートもみました。
カナートとは地下水路のことです。
紀元前からこれはあったそうで
地下深く水路をつくります。
それが枯れると 次の水路を捜します。
草が生えてる所を結び付けて母カナートをさがすそうです。
水は大切です。
イランの油は南の西側で獲れるそうですので
旅行中それらしい場所には出会えませんでした。
輸送はどうするのですか と、ガイドさんに訊きましたら
イラン人のガイド曰く
バイクで運びます・・・・
(???・・・)
パイプの事のようです。
石油1缶お願いいたします。
はい、バイクで運びます・・・・



              
                    ・・・・・・・




隊商宿(キャラバンサライ)です。
17世紀のあたらしいもののようです。

ここで私は、ラジオ⇒喜多郎のシルクロードのCDに替えました。
ワイン飲みながら の 作業に切り替わります。

喜多郎からかなり西側ではありますが・・・・
前にアゼルバイジャンでキャラバンサライをみました。
トルコでもみました。
いちおうローマという事ですが、
西限界はシリア説があるようですが、ブルガリアでもみました。
(シルクロードではないといってもいいのでしょうか)
隊商宿いち
このシルクロードというロマンチックな響 と、正倉院 は、
どんなにか 高校生以来の私を悩ませた事でしょうか・・・・
今おもえば 青かったのです。
青い春 でした。
その青さを、なんとか表現したいと
楽しく苦労 をしました。
それは、私の 糧 になりました。
悩み・苦労は財産です。水です。
年を経て
少し変化してきました。
さあ、もう戻れません
この様な旅行 や、展覧会などで 接する機会があると
その財産と水を思い出し 豊な気持ちにはなります
が、
あの頃の激しい ときめき は、薄らぎました。
この事実は受け止めなければなりません。
淡々と、粛々と・・・・
そして 穏やかに前に進みたい。



そういえば ここは、隊商宿を参考にしたという
きのうのトラデイショナルホテルににてます・・・
隊商宿に


階段もありました。
隊商宿さん


駱駝です
らくだ


素朴なカナートです。
カナート


草の生える路を捜しまわります。
母カナートを見つけるのです。
カナート捜し


[ 2016/10/30 21:04 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国 ⑨

ヤズド市内観光

アミルチャグマーク広場
市民グループがお祈りでしょうか、集会を開いてました。
アミルチャグマーク

      ・・・・・


ジャメモスク
上から見た市内の写真
一番高いのはジャミモスク
ヤズド ジャミーモスク

ヤッパリ美しいイスラムモスク
ヤズド 

イスラミックヒジャブ ↓
私たちも スカーフ です。
イスラミックヒジャブ

モスクの内部
モスク内部

かぎ十字がみえます。
カギ十字


             
               ・・・・


ドウラト・アーバード庭園

ヤズド市内には 砂漠に適応したペルシャ建築がいくつかあります。
構造的な事はよくわかりませんが、庭園内でその一旦を見る事ができます。
何よりも 水
それから 冷房


大事な大事な水路
ドウラト アーバード庭園DSC08958

大切な水
庭園


砂漠適応の 風取り塔(バードギール)建築 
天然の冷房
ドウラトアーバードの砂漠適応のペルシャ建築バードギール

イスラム風の美しい細工
ドウラトア^バード




                   ・・・・・・


ヤズドのホテル
ヤズドでは トラデイショナルホテル といわれてるホテルでした。
‘隊商宿’の趣のある エキゾテイック なホテルでした。
名前は マルコール・トレッジャル ホテル といいました。
市内にはこのようなホテルがいくつかあるようです。
入り口から迷路のように狭い曲りくねった細い長い廊下を通りフロントへ

怪しい魅力の 迷路のような通路からさらに怪しいフロントへ
ayasiimiryokuno.jpg



そして又、迷路のような階段から
いきなり広い中庭です・・・。
レストランやチャイルームとなってます。
天井はないそうで 天幕で覆われてます。
迷路のようなトラデイショナルホテル
アブラカナブラ・・・・

その中庭レストランは
やっぱり中心に水のある中東風 ↑
故事来歴イワク因縁のありそうな細工  ↓    怪しいデス
DSC08855.jpg



その日 宿泊した部屋です。
シラーズのハーヘエズ廟の前で美女が詩を詠んでます。
中庭は天井はなく天幕で覆われてる









朝 起きて気が付きました。
鍵をかけ忘れてました。
DSC08863.jpg






[ 2016/10/30 21:01 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国 ⑧

ゾロアスター教の起源はBC6世紀までには ペルシャ人のほとんどの人々が信仰していたといわれてます。
BC3世紀に成立したアケメネス朝でもアフラ・マズダへの信仰はしっかり守らてました。
3世紀初頭に成立した後続のササン朝では、国教とされました。
そして活発なペルシャ商人によって中央アジア・中国・他にも伝わりました。
7世紀後半以降のアラビアからのイスラームの台頭によってペルシアのゾロアスター教は衰退しました。
その活動は インドに移り 今でも少数ではありますが、インド社会にある種の影響力を持ってます。
現在 信者は約10万人
ヤズドには4万人位といわれてます。
開祖はザラスシュロラ(ゾロアスター・ツアラトウストラ)とされてます。

日本では 過去に東芝が電球や真空管などを マツダ MAZDA としてブランド化しました。(マツダランプ)
           又、
          自動車のマツダ はその綴りは MAZDA  です。
img161.jpg

ゾロアスター教の守護霊
守護霊プラヴァシ


ヤズドの
ゾロアスター寺院 
各地を経めぐりて
1940年頃にこの寺院ができたようです。
   ヤズドゾロアスター寺院

ゾロアスターです。
ゾロ②

分かりやすい 看板です。
ゾロ③

A.D.400年頃から燃えてる 火
ゾロ④



ゾロアスタ-
ゾロ➄

いろいろみました。
ゾロ⑥

ゾロ⑦

DSC08939.jpg
[ 2016/10/29 20:21 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国  ⑦

ヤズド郊外の荒野
沈黙の塔

ゾロアスター教徒の遺体を葬る鳥葬の場所です。
現在は使用されてません。
ハゲタカもいません。

暮れかかってますが、
これが ゾロアスター教の(上級者)の鳥葬の場所です。
ヤズドの鳥葬塔


その場所まで登りました。
登りました

・・・・・・・・・・。






無事に降りて振り返ると 
沈黙の塔は すっかり暮れてしまいした。
暮てしまった鳥葬の沈黙の塔



これは 沈黙の塔 からみた
ヤズドの街
上からヤズドの街



(去年 イラン大使館では、鳥葬ではなく風葬といいます。といわれましたが
ガイドさんは鳥葬。沢山の本も鳥葬 。といいますので 鳥葬にします。)


ヤズド
イランにおいて古い歴史のある町です。
ゾロアスター教文化の中心地です。
キャビール砂漠とルート砂漠の交わるところ。
シール・クーフ山脈とハラーネグ山脈の谷間にある
オアシス都市です。
1年を通じて寒暖の差は激しく、夏は40℃ 冬は-20℃が記録されてます。
ヤズドには、
砂漠型の伝統的ペルシア建築における優れた例となる建築が複数あります。
又、世界最大のカナート網を持ち、その職人の腕は最も熟練したものとされてます。
ヤズドのカナートは地下40m位にあり、90kmに及ぶものがあります。
旧建築の多くはバードギルと地下室を設けてます。
近くの山地にはヤフチャール(氷室)を備え
ヤズド建築として挙げられてます。


[ 2016/10/29 17:29 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国  ⑥

パサルガダエ王宮遺跡

パサルガダエは
キュロス大王が造営した
ペルシャ帝国 アケメネス朝最初の王都です。
今は、散在してますが
樹木の庭園、宮殿、聖火殿、聖火神殿、有翼牡牛の像(優雅な彫刻など)
帝国の最初の美術の性格がみられのだそうです。。

こんな道を進みます。
こんな道


遺跡の南端の 
キュロス大王の墓
キュロス大王のお墓

墓 と、要塞 と、二つのペルシア式庭園があり
全体の構造は
なんと、免震構造でシンド7に耐える構造とのことです。
が、
私は、全く理解する事ができませんでした。
遺跡


最も重要な事でしょう。
水路の確保・・・・
今は水は流れてません。
水路

石ですね・・・
石

楔形文字が、見えます。
楔文字


水が豊富であったのでしょう。
礫砂漠に
なんと 魚 です。
魚

ソロモンの母の墓 と呼ばれていた宮殿跡
免振構造




パサルガダエから少し北上したアバルク村というところに
 ↓ のようなモノが、ありました。
なんでしょう・・・
まさか・・・・
バベルの塔 ではないでしょうね。
似てます・・・・
アバルク村の氷室
これは100年くらい前の物らしいです。イランにはいくつかあります。
氷室 です。
自然の冷蔵庫です。
夜は極端に冷える砂漠の気温差を利用してます。
深く水を貯めて軽くなった日中の暖かい空気は上昇し頂上から逃げます。
入ってみましたが、外側よりかなり涼しく 快適でした。


氷室の中から上を見上げました。
中で上を見る

[ 2016/10/29 15:38 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国 ➄ 

ナグシェ・ロスタム遺跡
ナグシェ・ロスタムは
ペルセポリスから 北西に車で15分位の所にあります。
アケメネス朝歴代の4人の王のお墓4つがあります。
高さ 40~50mの絶壁に刻まれております。
ダレイオス王は、その2号墓で(唯一銘文があります。)
ナグセ ロスタム遺跡ダイオレス1世他
きれいに撮影された写真を見つけました。  ↑
4つの王墓は十字形に切り込まれてます。
キリスト教・ユダヤ教・イスラム教 は、発祥が同じ宗教なのだそうです
ので
それらに先立つ拝火教(ゾロアスター教)は、
もしかしたら 十字形 の祖先(?) 。


右から2番目ダレイオス王の王墓
ダイオレス1世


上の写真の左下の 浮彫
ササン朝のシャプール1世が、
ローマ皇帝ヴァリアヌスを捕虜にした時
(A.D.260年)
ササン朝シャプール1世が
ペルシャ人の誇りとする浮彫。

拝火教(ゾロアスター教)の聖殿か  と、いわれてる
方形の建物。
方形の建物拝火教の神殿


拝火教(ゾロアスター教)のアフラマズダ から
王権を受けるアルダシール一世
       ⇓
ササン朝ペルシアの誕生(AD226年)
アフラマズダから王権を受けるササン朝ペルシアの誕生226AD
これをみるために はるばる日本からやってきました。

サフラン
sahurann.jpg
もしかして 原種(?)
そんなはずはないです。
[ 2016/10/29 13:47 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国 ④

シラーズの
こんなにきれいな ナシール・アル・モスク
(ローズモスクともいわれ)
ステンドグラスからの光が美しいです。
窓が低いのできれいになるそうです。
DSC08544.jpg
きれいな御婦人が、偶然わたしのデジカメの中に入りました。

シラーズの中心部からも岩山がしっかり近いです。
白人の外国人観光客も スカーフです。
DSC08554.jpg


どうやら サッカーのデモンストレーションのようです。
イランの有名なサッカー選手でしょうか・・・・
DSC08564.jpg


全部たべたような気がします。
(キャビア以外・・・・。 キャビアは禁止されてましたが、‘チョウザメには鱗がある’と決まり 今は貴重な輸出品だそうですね。)
典型的なイランの料理 ↓
img160.jpg



イランはバラのお国だそうです。
きれいなバラが沢山あります。
エラム・ガーデン ↓
(シラーズ大学付属植物園)
DSC08750.jpg


イランは 詩 が、盛んな国です。
すぐれた詩人がいます。
その中でも
イラン国はシラーズ市民の誇り 詩人ハーフエズの廟
ハーフエズ廟
DSC08741.jpg

ホテルのお土産やさん
DSC08753.jpg

[ 2016/10/28 20:47 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国 ③

ペルセポリス

シラーズの北東60kmにペルセポリスがあります。
ペレスポリス
ペルセポリスはアケメネス朝ペルシャのダリウス一世がBC520年に築きはじめました。その頃はスーサが政治の中心でありましたのでここは王の儀式・祝祭・属国からの謁見等をおこなう神聖な役割を持つ都であったようです。


目的地までのバスから見えるのは、
茶・赤・黄の筋が入った不毛の岩山と荒野です。
木は殆んど無く、草がポツリポツリと岩石砂漠・礫(れき)砂漠というようで痩せた土地です。
はじめはめずらしかったのですが、
この状態が続きます。
この国の都市は、このような厳しい条件の中で 
水のある オアシスから発達したのでしょう。

さあ、ペルセポリスが見えてきました。
DSC08581.jpg

ペルセポリス王宮全景    古代オリエントの美(週刊朝日百科)より
ペルセポリス

クセルクセス門    古代オリエントの美 より
クセルクセスの門

DSC08604.jpg

アパダーナ(謁見の間)
宗教・国事などの儀式が行われたもっとも重要な場所
本来36本の柱に支えられた
レバノン杉の屋根がかかった巨大な部屋でした。
ここで 王は諸国の使者を謁見しました。
アパダーナ謁見の間





アバダーナ(謁見の間)の東階段のレリーフ
西はリビア 南はエチオピア
北はスキタイ 東はガンダーラ
に至る23の属国からの使者の像がきざまれ
糸杉によって区切られてます。
アケメネス朝ペルシアは
古代オリエント世界を統一し
世界の中心として栄えました。
朝賢者行列浮彫

これを見るためにはるばるやってきました。 ↓
大切ゾロ

ダレイオス一世 の宮殿
DSC08687.jpg


ゾロアスター教のプラヴァシ
ペレスポリスの聖像プラヴァシ




お土産屋さんの飾り・・・・
DSC08693.jpg



[ 2016/10/27 09:34 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国 ②  

イランの地図です ↓
隣接する国は
イラク・トルコ・アルメニア・アゼルバイジャン・トルクメニスタン・アフガニスタン・パキスタン。
日本語表記はイラン・イスラム共和国。通称イラン。
 1930年代までは‘ペルシア’として知られてました。
世界有数の産油国です。
イラン地図
イランの歴史は古くB.C.3000年以来
B.C.500年頃 アケメネス朝が興り  
キュロス大王がペルシャ帝国を建国
古代オリエントの広大な領域を統治しました。
アケメネス朝は
マケドニア王国のアレキサンダー大王に滅ぼされるまで(B.C.330年)
すばらしい文明を謳歌しました。
政治は善政でユダヤ人のバビロン幽囚を開放しました。
又、ゾロアスター教(拝火教)を統治の理念としました。
その後、国土は分離し、いくつかの朝が登場し
226年 ササン朝 が建国されました。
ササン朝は度々ローマ帝国と軍事衝突し260年シャプール1世はローマ皇帝を打ち破りました。
(A.D,260年)
イランの方々(ササン朝ペルシャ)が誇る歴史上の事件です。
ナグシェ・ロスタムの摩崖王墓にその浮彫があります。
この事実からも わかるように
ササン朝はローマ帝国やイスラム帝国に大きく影響を与えました。
7世紀に入ると、
アラビア半島に興ったイスラーム勢力に敗北を重ね
651年を最後に、
皇帝が亡くなるとササン朝ペルシャは滅亡しました。



[ 2016/10/26 19:28 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

櫟野寺の十一面観音

平安の秘仏 滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち  展
にいってきました。
今回は 東博です。
大きな仏様のちらし広告は 迫力ありました。
もうこれだけで、充分 ヒトをひきつけます
のに
観音や仏様の像が多い魅力ある琵琶湖畔からです。
最近でも、藝大展が2回、kannonアンテナ等 滋賀・琵琶湖畔は上野で燃えてます・・・
少し前には、渡岸寺のあの十一面観音さまにもおいで戴きましたね。

櫟野寺の11面

会場に入って やっぱりびっくりのその大きさ。
堂々とふくよかで謹みのあるお姿は感動です。
甲賀様式という様式の存在を初めて知りました。

比叡山延暦寺の末寺 櫟野寺(らくやじ) から
秘仏である御本尊の十一面観音菩薩像 を
含む20体の平安仏が一堂に会してます。
すごいです。
‘甲賀地区の天台文化を偲ぶ’ いえ、学ばせて戴きます。 



櫟(いちい)は、
イチイ科イチイ属の常緑針葉樹
と、
ブナ科コナラ属の常緑広葉樹  が、あるそうです。
櫟野寺の樹齢2000年を超すイチイの切り株も広葉樹のイチイガシであるようです。
☆ この度の御本尊様はヒノキ材で彫られてます。 ☆
甲賀は、材木を切り出す山 と、それを運ぶ川 に恵まれましたので
叡山に距離も近く
仏教史上重要な地域でありました。
甲賀様式が生まれ そして その中心は櫟野寺の仏たちでした。
櫟の木
私見ですが、 十一面観音 の、坐像は なぜか数少ないように思います。
(特に国宝、重文クラスにおいては、立像が圧倒的に多いでしょう・・・)
ところで今回は、坐像の仏さまは3体きてます。
あと二つは、
如来さま と、これも坐像が珍しい地蔵菩薩坐像 です。

この度の仏像20体は
平安時代(10世紀から12世紀) に、かけて造られたものです。
保存状態は全般によく 特に本尊を含む坐像3体はよすぎます。
技術も高く思いました。 格調高く  密度の高い空間をきずいてました。

私は、イラン観光旅行からおととい帰ったばかりなので、
このやわらかな しっとりとした雰囲気には圧倒されてしまいました。
イランの荒っぽい岩山・砂漠・埃 との差です。
この湿度がいいのです。
イランは一般名ではペルシャともいいます。
ギリシャ神殿にも影響を及ぼしたと云われてるペレスポリス遺跡・・・・
一部には鳥葬・風葬などなどの過去を持ってます。

なお、
現在、イラン人は日本人に対して とても好感を持って接してくれます。
(不思議に思いました  が、これはもしかしてイランの国策ではないでしょうか )
観光程度の滞在ですが、
 ‘中東・テロ’ のイメージは、全く間違ってます。


買ってよかった 櫟野寺展の図録
美しい緑の 甲賀・櫟野寺周辺の おだやかな風景写真・・・

少しづつ読んでゆきます。



[ 2016/10/24 12:05 ] 展覧会 | TB(0) | CM(0)

イラン・イスラム共和国 ①

中東のイランイスラム共和国を観光してきました。
成田から11時間余 エミレーツ航空でアラブ首長国連邦のドバイ空港に到着 ↓
UAEドバイ空港 (1)
2年前に来た時から大きく変わってました。
緑豊かなロマンチックなあの温室は無くなり 
さらにさらに巨大な空港になってました。


ドバイからほとんど垂直に北に向かって エミレーツでテへランまで2時間余
エマーム・ホメイニ国際空港に到着です。
同じ産油国の飛行場なのにドバイとはえらい違いです。
テヘランエマームホメイニ国際空港
一昨年、アゼルバイジャンに行ったときとほぼ同じコースの飛行です。
今回は
窓際でなかったので 岩山・砂漠・オアシス都市の景色を上から見ることができませんでした。





さっそく観光です。
コレスタン宮殿 (別名 ‘鏡の宮殿’ )
ゴレスタン宮殿
19世紀ガシャール朝の頃から20世紀パフラヴィー朝までに建て増しを繰り返してきた宮殿です。
歴史あるイランの中では 新しい建物です。
ペルシャ式の庭
ペルシャ柄のタイル 絨毯 壁も天井も鏡のモザイクで輝くキラキラの部屋 高級な食器 各国からの献上品
シャー時代のペルシャの栄光(・・とか・・・)



そして 次は 絨毯博物館 です。
これも1976年に出来たばかりの博物館です。
絨毯博物館


このように1枚全部の図柄の物は作り方が難しいのだそうです。
絨毯博物館


なんと、この後 国内機で1時間余 シラーズまで・・・
テヘランの空港
シラーズ行きの待ち時間 ↑

やっと、シラーズにたどり着きました。
成田から何時間・・・・
ヘトヘトです。












・・・・・・・・♪・・・・・・



イラン観光の前に
イランへ調査研究のために訪れた方から
イランの御本を沢山お借りする事ができました。 ↓
頑張って予習しました。 
おかげ様にて 現地では楽しい時間が過ごせました。
イラン予習
私にも理解できるような解りやすい御本を4~5冊選んでいただけましたので
ホント、よかった。

それから  
現地で買い求めたという貴重なDVDをお借りしました。
馬の耳に念仏 とはこの事でしょうが、
拝見するに楽しく面白く 幸 でありました。
イランのDVD

[ 2016/10/23 23:24 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

文菊師匠 素処寄席

古今亭文菊師匠の素処寄席です。
開演前の賄いの様子・・・
料理


座布団1枚あれば、どこへでも行きます・・・
流し台の上でもやりました・・・
すっかり 売れっ子になりました。
鰹 (2)
本日は、 抜け雀 でした。
江戸時代の旅の厳しさ や 恐ろしい‘駕籠かき’ の説明を冒頭で。


終わって
美味しいお酒と肴
鰹 (1)


これはまあ、文菊さん
カラフルなフアッションです
師匠
各、お席を叮嚀に廻ります。


女将さん
素処いち



文菊師匠と成田屋さんとが、仲がいいのは有名な話。
会食中、フアンの方が 海老様の写真を見せてくれました。
そこさん JPG (2)


今日は、銀座でパレードがあるので、
待ち合わせは、時間をづらして 混雑を避けました・・・
帰ってニュースをみました。





[ 2016/10/07 23:54 ] 劇場 | TB(0) | CM(0)

ロシア大使館

27日ロシア大使館でお昼を戴く機会にめぐまれました。

狸穴のロシア大使館 です。 ↓
ロシアは広い・・・・
(そう、駐日ロシア大使館も広いです。)
大使館敷地の外側は警視庁が守ります。
a.jpg


マトリヨーシカ
これは フラクタルですね。
(ロシアでは1900年代に入って流行りはじめたのだそうです。
結構有名な話ですが、箱根の入れ子人形 が、元祖の説があります。)
 e (2)


アフアーシエヴァ・エフゲニー大使閣下が、お話くださいました。
c (2)
日本語も交えて 大変あたたかみのあるお話でした・・



通約は大使秘書テルスキフ・アレクサンダー殿
c (1)
秘書官殿のロシアについての説明です。
地図や有名な土地の紹介を兼ねて
ロシアと日本についてのお話
ロシアは面積は広いがとにかく寒い。
ロシアも日本も東南アジアも 農業国であったが、
日本も東南アジアも暖かいので穀物などが簡単に獲れ 豊  である。
ロシアは、
その寒さのために1年の4~5ケ月しか働けない・・・・
その農業は大変苛酷な労働ですが、半年以上は仕事がない。
だから多い時は8ケ月位 働かない。
ロシア人は土地を離れるという事が、フツーの事なのだそうです。(移民)

日本人は土地を離れるのは大変な事 
だから
日本人は 沢山・沢山のそれはそれはきめ細やかなルールを作り
そして、それを 日本人の多くは 実によく守る・・・・。
もしも、村でルールを守らない場合があったとすると、大変に厳しい事が起こります。
土地を離れないで、皆で協力しあって助け合っていれば、
なんとか糊口を凌ぐ事ができてきました。


ロシア人は、いやになるとすぐ外に出て
違う村を作ってしまう事まで が、あるそうです。
常にヒト・モノ・カネ・時間 が、不足してるそうです。
天然資源は豊富でも、
工業化を推進しても、1年に4ケ月間の労働に慣れてきたため
なかなか我慢が出来ないのだそうです。

日本人は凄いです。
あれ程の敗戦の中から工業化に成功した日本は世界の驚異です。
細やかなルール沢山のルール
 それを守る 国民性
これが、今日の日本の成功の秘密である。
と、
ロシア大使館秘書官殿の 
‘日本語’でのお話でございました。





在日ロシア大使館はとても広く
館内に職員の子息達のための
小・中・高等学校が、あるそうです。
その生徒さん達が 歌と踊りを披露してくれました。
e (1)
民族衣装で、それはそれは しっかりと、真面目に、真摯に そして可愛らしい御披露です・・・
私達には
本当にお馴染みのロシア民謡
や、
日本語での 日本の歌  ‘故郷 (ふるさと・♪兎追いしかの川~  )’
など いっぱい歌ってくれました。


とにかく かわいい・・・・
g (2)


赤いサラフアン  ・・・
i (1)


どんなにいい教育をしてるのでしょうか、
ピアノの演奏をしてるおばちゃん先生 達。
なんか ウルウル の、ロシア大使館・・・
母なるボルガ・大地に根を張る ロシア人の根性 が、目覚めてきてますね。
g (1)
それは、それで驚異・恐怖ではありますが・・・・





次に お部屋が変わりました。
昼食です。
大きな壁画のある部屋です。
作家は Tsereteli Zurab Tsereteli (グルジア出身 モスクワ在住)といいます。
モスクワには、彼の作品 ‘ピーター一世の像’ があるそうです。
ミハイル レルモント と共に 現在有名な画家という事です。
 k (2)



お料理はロシアの伝統料理でした。
ピロシキ・ボルシチ・ビーフストロガノフ・イクラ(キャビアではなかった)・サーモンなど
40%のウオッカ 
ウオッカはビーフに合うのだそうです。
そういえば たしかに おいしかった。
l (2)


アフアーシエヴァ・オリガ大使夫人 が、御挨拶くださいました。
(通訳のトウアヴァ・クデイナさんと)
k (1)

こちらの方は 大使館員です。主にバイオの研究をしてるのだそうです。
彼女のお子さん二人は本日の歌と踊りに加わってました。
(かわいらしい男の子 と、三つ編みのブロンンドのお嬢さん)
m.jpg

[ 2016/09/29 23:39 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

豪栄道豪太郎優勝

全く予想してなかった豪栄道の優勝でした。
それも全勝優勝です。
おめでとう
本当におめでとう。
目から汗が流れます・・・
ゴータロー初優勝



一門の出羽の海の関取が祝ってくれてます。
壮観デス・・・
ゴータローと出羽の海一門
少し前なら トッチーや普天王 雅山 武双山 垣添 栃乃花 栃栄 が、づらりと並んでましたね。



大阪出身の豪太郎が、
埼玉栄高校より境川部屋に入門を決めました。
ゴータロー2016 - コピー
太っててかわいい。




高校横綱 でしたが、この写真は世界ジュニアの時の記事
(優勝でしょうか、メダルの数が多いですね。)
魁聖や舛東欧 と・・・・
豪栄道舛東欧魁聖






千秋楽の ‘これより三役’ の
稀勢の里・・・・
早過ぎました・・・・・
稀勢の里早過ぎこれより3役
[ 2016/09/29 22:09 ] 大相撲 | TB(0) | CM(0)

ギドンクレーメル

ギドン・クレーメルが産経新聞社の賞を受賞しました。
28回になる高松宮殿下記念世界文化賞 音楽部門 です。
ラトビア生まれというのは、この度初めて知りました。
バルト三国の旧ソ連ですね。
1947年生まれ 4歳から英才教育を受けパガニーニ・チャイコフスキー国際コンクールで1位。
 70年代にカラヤンに見いだされ 多くの巨匠と共演。
キレのいい あいまいさのない演奏はいいです。
いいCDを、捜し出す事が出来ました。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲ニ長調
私にしてはめづらしいヴァイオリン協奏曲です。
ネヴィル・マリナー
 アカデミー室内 
1980年の録音。 (写真も?)  ↓
  1980年ギドン

最近の写真
ギドンクレーメル





先行予約してた こち亀40周年記念 到着 ↓
こち亀40周年

30周年記念の時の こち亀  ↓
こち亀30周年

[ 2016/09/20 18:05 ] 徒然 | TB(0) | CM(0)

大相撲九月場所5日目

大相撲九月場所5日目にいってきました。
キセノンが心配で 少しオドオドと家を出ました。
電車で大きな川を渡る頃には、ヤッパり わくわく・・・・

今日は 隠岐の海 の幟が大きくみえます。
隠岐の海



満員御礼 満員札止 全日程 完売 デス
満員御礼


入場すると
双子のお稲荷さんがドラマテイックに並びます・・・
ふたつ


隠岐の海関の入場です。
オキノン

‘我こそは新島守りよ 隠岐の海の荒き波風心して吹け’
   増鏡 後鳥羽上皇(第82代天皇)

承久の変 41歳~60歳のなくなるまでの20年間 隠岐の島の源福寺に住まわれました。
明治以後この場所は御陵に準ずる扱いになったそうです。
隠岐の海がんばれ。


正代関
正代


日系2世3世のブラジル人達は
このたびのリオ五輪とその日本人の活躍が
どんなにか心強く
どんなにか誇らしかった事でしょうね。
魁聖関あなたも 主役です。
魁聖


御嶽海関
御嶽海に - コピー


勢関
勢
(写真が小さくなってしまいました。)





相撲博物館
抱え相撲の世界 - コピー

相撲博物館②
抱え相撲の世界に - コピー
[ 2016/09/15 21:51 ] 大相撲 | TB(0) | CM(0)

TOKYO

感動に終わった リオ五輪!
閉会式よかったわ。
NHKリオ2020へ期待高ま

いい意味での感想・・・・
凄すぎて
リオに失礼じゃなかったかしら。
AR(エーアール)拡張現実 と、いうのだそうです。
青森大学の男子新体操が、面白かった。



ちなみに
ロンドン五輪の時はジェームス・ボンドだったんだそうですね。
(ワタシは この時テレビをみてないんですが・・・・)

ロンドン五輪ジェームスボンド




[ 2016/09/08 16:20 ] 徒然 | TB(0) | CM(0)

西原理恵子さん

夏休みが終わり 次の学期が始まる
9月1日は、中学生の自殺が最もおおいのだそうです。
それを心配して 彼等のために漫画家の西原理恵子さんが ↓ のように
言ってくれてます。
難しい学者のお話よりも、いいように思いますので
私もコピーを載せます。
西原いじめ



    ・・・・・・

ネット逍遥

大相撲KITTE場所
これ行きたかったの・・・・
KITTE場所28年8月 - コピー - コピー
昨年に続いてのKITTE場所
昨年も行きたいとおもいました。


ヘミングウエイそっくりさんコンテスト (フロリダ州)
ヘミングウエーのそっくりさん大会 フロリダ州 - コピー

初音ミク
初音ミク8月31日誕生日


こんな時もありました。
テレビからのようです・・・
(偶然入ったテロップが面白い)
teroppu.jpg


昨日(9月5日)の二人・・・・・・・
オバマ対プーチン - コピー




[ 2016/09/06 15:08 ] 徒然 | TB(0) | CM(0)

蓮實重彦氏

不機嫌な三島賞受賞会見で一躍有名になった蓮實重彦氏の伯爵夫人をいちおう読んでます・・・・
その受賞会見での元東大総長のあの振る舞いに 読んで納得・・・。

小説は実在するドロステ・ココアの図柄のドロステ効果を効果的に取り入れてます。
その図柄は、尼僧がココアの箱を持ってます。
その箱の絵が又同じです。
斎藤美奈子氏曰く 
華麗にして淫靡な作品・・・・。
ドロステのココアパウダー - コピー
ドロステ・ココア

これで 個人的に私が、思い出すのは
澁澤龍彦の 胡桃の中の世界 に登場する
明治の メリー・ミルク です。
ドレステ効果の澁澤龍彦 胡桃の中の世界


このドロステ効果は、素敵です。とにかく さまざまなものがあります。

ドロステ効果のチェス


ドロステ効果のハバナ


さまざまなものの中
ジョットの ‘ステフアネスキの三連祭壇画’もあるようです。
ドレステ効果 ジョットステフアネスキの三連祭壇画1320年バチカン美 - コピー
ジョット 大好きの私は、気が付きませんでした。
画集などを改めて調べてみましたが・・・・・
今だによくわかりません・・・・☝
☟は ウフイッツ美術館のフアサードにあるジョット
ジョットの肖像ウフイッツ美術館ハアサード

コルネット姿の尼僧の絵もみつけました。 ↓
修道服 - コピー

小説の中 聖林映画が、よく登場します。映画フアンには、たまらないでしょうが、
よくわからず残念。
でも、このルルがあまりにも綺麗です。
ルル ルイーズブルックス パンドラの箱

三島由紀夫の春の雪や、澁澤龍彦 そして ‘さんざし’等で思い出すのは、プルーストの‘失われし時を求めて’・・・。
これらの作家を思い浮かべながらドロステ効果の迷宮に入り込み音楽・香・絵画の協奏曲いえシャンソンか演歌の道は、
ここちいいです。
この小説の面白さは
読者の過去の記憶の潜在的知識の中に食い込んで
その美しい思い出を再現してくれる事にあるのでしょうか。
デジャブー・・・(!?!)っていうの・・・・


最近の記事で 蓮實氏は、
‘この本を若い女性が沢山読んでくれてるのは うれしい’ と言ってるというのを知りました。



[ 2016/09/05 22:02 ] 徒然 | TB(0) | CM(0)

西畠清順と愉快な植物たち

西畠清順と愉快な植物たち 展をみてきました。
ホント、愉快な植物たちです。
西脇清順植物図か
暑い中 無理して立ち寄った甲斐がありました。
たのしくなる 展覧会です。

西畠清順の名前は、数年前ラジオで聴きました。
おもしろいなあ と思ってましたら
少し前にテレビに出演してました。
そしてあっという間にさらに有名になりました。

狭い銀座のギャラリーで
どのように展示するのかなあ と興味がありました。
いろいろ珍しい植物がみられてよかった。

プラントハンターといわれてます。
が、
世界中から収集した植物を 売る 職業。
150年続く植木の卸問屋に生まれ
それを生かして の仕事・・・
見事ですね。

かって、ヨーロッパの王侯貴族達は、
世界中の植民地から、
不思議な動植物を集めるのが、ステイタスシンボルでした。
土地と博物学的動植物を求めて・・・・
胡椒やお茶もふくまれるのでしょうね。


            ・・・・・・・・♪・・・・・・



ところで
僕は選ばれなかった
僕は選ばれなかったの・・・・
[ 2016/08/27 23:39 ] 展覧会 | TB(0) | CM(0)

ベラルーシ大使館

ベラルーシ大使館です。
池田山の高級住宅地
(皇后陛下の御実家近く・・・・)
旅行の説明会ですが、
大使様も御挨拶してくださいました。
(イケメン通訳の外交官と共に・・・・・)




国旗ベラルーシ国旗IMG_20160825_225431 - コピー
ベラルーシ国旗
大使館内から見ました。




ベラルーシ大使館池田山


大使様 と、通訳の外交官プーシキンさん
大使と通訳 - コピー




1991年にソ連から独立した新しい国(人口950万人)です。
ベラは白
ルーシはロシア
昔から 白(はく)ロシアと呼ばれていた地方が
あったような気がします。
白はこの場合 ‘西’ を、意味するようです。
19世紀末に民族自決(この言葉の意味がよく分からない)の運動が高まる。
過去に
バルト3国、ポーランド、フランス、(ドイツ)、モンゴル、ロシアなどに組み入れられました。
移住をする人の多い国です。
(現在、ロシアと経済統合をめざしているが、うまくいってないそうです。
基本的に親ロシアの政策なのだそうです。)

チェルノブイリの被害がウクライナよりも風の具合で大きく
最も重要な地域だそうです。
規模も被害のおおきさもも比べにならない程
小さかった
福島に対して今でも救援してます。

農業国で、かっては豊かな自然によって、フランスにお金を貸してた事もあったそうです。
今は、IT産業が盛んな国です。

ヨーロッパに残された最後の原生林ベラヴェジの森があります。
沢山の湖の国。


ストローで造られた民芸品が飾られてました。
おみやげ

ヨーロッパバイソンのポスターも ありました。
ヨーロッパバイソンのポスター



ミール城
首都ミンスク(190万人)から100km程の所のある15世紀末のゴシック様式の貴族のお城
(完成は、16世紀にルネサンス様式として)
ミール城14Cゴシック様式


じゃがいもが採れるお国です。
じゃがいもの種類は250種以上もあるそうです。
じゃがいものパンケーキ
ドラニキ ↓
トラニキ
それから スメタナ というサワークリーム
      バルサム という40%のアルコール飲料!
など・・・・・。
そうそう、あのシャガール生誕の地であります。

*なお、ベラルーシは 世界一美人の多い国だそうです。
  美人の産地 とでも、いうのでしょうか。
BEAUTY 見てるだけでうっとり










          ・・・・・・・・♪・・・・・・



ねむの木公園のもう一つの入り口
皇后陛下

[ 2016/08/26 20:48 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

400mリレー銀メダル

400mリレーの銀はうれしいニュースです。
イケメンのケンブリッジさんにも だれ!? という感じで引き付けられました。
なんでも、今回の銀色に輝くメダルは、 技術の日本のバトンパス の勝利だそうです。
誰かが計算しました
個人が走ってるタイムの合計は、5位6位以下・・・・
バトンパスの速さの勝利・・・・・・・・♪
”先輩からバトンがつながってる・・・・”
日本短距離界が、挑んできた努力と研鑽 のたまもの
無題 - コピー
肉体的に劣り
すり足の伝統を持つ日本人は瞬発力の短距離は不得意とされてきました。
マラトンのように持久力を要するのは強いです。
チームワークもお家芸です。それにたゆまぬ努力と技術の研鑽の伝統!
めでたい事です。

ボルトが気にかかってて
ジャマイカて何処? とおもってました。
そのケンブリッジもお父さんがジャマイカの方。
名前から英国領だったところとはすぐにわかりました。
180cm、76kg、体脂肪4%  !


過去に”人類の限界” といわれてた ”100mを9秒だったか、10秒切る” は、
尊い歴史になりました。






  
[ 2016/08/21 18:26 ] 徒然 | TB(0) | CM(0)

約400歳のサメ見つかる

約400歳のサメですって・・・・
ナショナル ジオグラフイック 日本版よりの記事
約400歳

ニシオンデンサメ
[ 2016/08/16 22:50 ] 徒然 | TB(0) | CM(0)

日章丸 出光佐三

 新聞で  ‘出光’ の事を読みました・・・・  ↓
出光新聞
出光新聞に


ちょうど イランの御本をお借りして読んでました。
日本の出光の日章丸が、イランに石油を買いに行ったというのを読んました。
その辺のところを、もう少し知りたくて  
百田尚樹 の 海賊とよばれた男(上下)
を アマゾンから 取り寄せてみました・・・・
小説は楽しい・・・
ドラマチックで解りやすく
簡単に状況を把握する事ができます。
途中まで読んでますが、
おもしろい・・・・・・!

日章丸

先の大戦は、
油戦争 ともいってもいいといわれてます。
1滴の油も採れない我が国では、
油は、
油の1滴、血の1滴。
と例えられるほど 貴重です・・・・
出光は その 先見の明 を持って
敗戦後、7 、8年にして世界一のタンカーといわれる
日章丸で、イランから石油を買い付けました。
イランは
ソ連が勝手にイランに駐留し
英国によって石油の利権を搾取され
米国の脅しに悩んでました・・・
出光は、英国、米国ある意味世界中の反撃を覚悟して
超極秘に事を運び
さらにある意味 次の油戦争に挑みました・・・・
昭和28年3月23日日章丸は神戸港を出港しました。
4月9日シャット・アルアラブ河口に着きました…
そして 4月10日 
チグリス川とユーフラテス川が合流する
アルヴァンド河( この河はイランとイラクの国境) を遡り
イラン側の大歓声の中 アバダン に到着しました。

油問題は、今でも将来においても解決できないでしょう・・・
重要性においても、廻りの環境もドンドン変わって来てます し、
変わるでしょう・・・・

 昭和20年8月は世界一貧しい国といわれた
我 日本の
自力での奇蹟の復興 に感動してます。
アジア、東欧、アフリカ、諸国様
頑張りましょう・・・・・


この度の騒動には
出光美術館の事も何か問題に含まれてるらしい・・・
ので   シンパイ。
[ 2016/08/15 13:22 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

リオ五輪

内村航平は人間技とは思えないと思ってテレビにしがみついてました
神技ですね。
その神技に
ウクライナのベルニヤフ(22歳)が、逆転されたにもかかわらず神対応・・・・
神さまと神さまの TOKYO が楽しみ!
内村コウヘイ
ウクライナに旅行したくなりました。



そしてこれです。↓
NHKラジオでオリンピックのたびに語られる
刈屋富士夫さまの名実況・・・・
いえ、伝説の名放送 ‘刈屋さんのアテネの男子体操’ ↓
   (プリントが、きたなくなりました。)
 その頃、刈屋さんが、お相撲の実況をアナウンスしてたかどうかの認識はないです・・・・。

刈屋さん
アテネだったんですね。
もちろん
あの富田洋之 ⋈◍>◡<◍✧♡ の美し過ぎる名演技




荻野公介とフエルプス・・・・
あのフエルプスと同じ人(?)と思うほど
第一線で活躍してます。
五輪21個目の金メダルだそうです。
そういえば、
オーストラリアのイアン・ソープに変わるかのように登場しましたね。
あの頃 ソープは世界選手権のほうが、活躍が目立ってました。
32歳フエルプス凄い。
荻野公介 TOKYO へ。
荻野公介とフエルプス


柔道の井上監督おめでとう。
涙って 嬉しい時ですよね。
柔道とZYUDOの差 を、認識してます。
井上康生は、玉ノ井親方と仲がいいんです。
お互いに現役の頃、井上監督は玉ノ井部屋でよく稽古してました。
相撲道とSUMODO にならないと、いいんですが・・・
[ 2016/08/13 23:20 ] 徒然 | TB(0) | CM(0)

迎賓館赤坂離宮 国宝

迎賓館赤坂離宮に入館することが出来ました。
( 迎賓館赤坂離宮は 平成21年に国宝指定を受けました。 )
迎賓館赤坂離宮増田彰久119kb
写真は増田彰久氏2009年



迎賓館赤坂離宮は明治42年東宮御所として建設されました。
当時日本の建築美術工芸の各分野を代表した人々が総力を結集した
明治文化を象徴する建造物
築後100年をむかえた平成21年国宝に指定されました。
赤坂離宮160kb
宮殿建築としてバロック様式(16世紀中ごろ~18世紀初期)の建造物の代表作の
フランスのヴェルサイユ宮殿をモデルとし
イギリスのバッキンガム宮殿を参考にして
ネオ・バロック様式(18世紀中ごろ)なのだそうです。

バロックとは、グロテスクな装飾過剰な大仰な建築に対する蔑称とおもってますが、
それは、初期のマニエリスム(16C~17C頃)からの移行の頃の事のようで、
ここでいう バロック建築は、19世紀の様式氾濫期になると 
‘国家建築にふさわしい様式’として復興してきたのをいうようです。
それを、ネオバロックといってるのでしょうか・・・・。
金と白の優雅な室内装飾はむしろロココ!
私の知ってる妖しさのロココとは
少し趣を異にしてるとは思いますが・・・・・・・・♪


お部屋はどれもため息がでるほど うつくしい。
ヨーロッパ等で沢山の宮殿をみてますが、
ほとんど、観光用になっていていわば、博物館的か棺。
ここ迎賓館赤坂離宮は生きてます。
現役の迎賓館として活躍してます。
 (個人的には、この博物館、棺は博物的できらいではないです。好きデス。)


朝日の間
壁は京都西陣の金華山織
 朝日の間75kb



2階大ホール出入口の壁面は
小磯良平の油絵 絵画と音楽
2階大ホール出入口小磯良平絵画音楽104

他に、
彩鸞の間
花鳥の間(いわゆる七宝の間)
羽衣の間(大きなシャンデリア3基)
など・・・・

昔、
たしか、東宮御所又は赤坂離宮と呼ばれてましたね。
現在の都庭園美術館が、 芝・白金の迎賓館でした。
あれから何年・・・・・。
かってニューオータニに行く時 
偶然 迎賓館前に来てしまいました。
いったいこれは、何!
正門の前で その美しさにみとれてしまいました。
な~んとなく、ものの本やテレビなどの報道でしってたのでしょうね。
赤坂離宮・旧東宮御所という事はすぐに思い出しましたが、
正門からの
全体的に透明感のある美しい優美な建物にすっかり魅せられてしまいした。
まさか
その中に入れれとは・・・・



とても、沢山の見学者で セキュリテイーに  時間がかかりました。

一句できました。
‘迎賓館  セキュリテイーで
 日焼けかな’

透明のペットボトルの水はOKですが、必ず係官の前で一口飲まなければなりません。
私も、一口飲みました。


[ 2016/08/10 18:33 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

イタリアからのお友達

陛下 金メダルの
猛暑の中
イタリアの元気いっぱいの御婦人が、我が家へ・・・・。
去年、 ボローニア駅で知り合いました。
本当に 日本にやってきました。
私の単語だけの英語です。
スマホ、タブレット、電子辞書・・・・・
あらん限りの電子機器を駆使しても
ダメはダメ・・・・ (ゴメンネ。)

よく喋り、よく食べ、よく動く
工学系のエレクトロニックな美人です。
エマヌエラサンの東京駅
日本のエレクトロンは、世界一なのだそうです・・・・
そして
人情味豊かで、人は優しい、何よりも安全・・・・・・
米国より いいんだそうです。
レオナルド・ダ・ヴィンチ のお国なのにね。

ヴェネチア・ルネサンス展をみたばかりなので
お話持ち出してみましたが、
反応はいまいち・・・・。
お寿司屋に 鯖のカラパッチョ がありましたので 注文してみました。
カラパッチョ、カラパッチョ とキャッ、キャッ と喜んでる私に
彼女はいいました。
 ‘ カラバッジョ・・・・・! ’

    ‘・・・・・・・・・・!?!’
(念のため、wikiでスペル検索してみましたが、やっぱ 字が、スペルが 違います。
 日本の 沢庵 か、空也蒸 みたいなものかしら・・・)




ビッグサイト と、 科学未来館 で開館から閉館まで目いっぱいがんばり  勉強してました。
嵐のように過ぎ去りました


       
    ・・・♪・・・



今度、移転する築地市場へ、
波除神社の雌の大獅子(大きいです。高さは台座から2,2m)
波除



 お台場のヒルトンホテルから レインボーブリッジ (埋め立て地・ステキ ステキ)
虹橋DSC_0029





浅草・・・・
物凄く 混んでます。
浅草






[ 2016/08/09 20:59 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)

ウラジロカシ

気にかかってました  藝大の樹の名前を 思い出しました。
ウラジロカシ でした。
ブナ科・樫(橿) カシはブナ科の常緑高木の総称
ウラジロカシ常緑樹の樫単葉小
 ↑ 2009年7月19日のブログでした。そのときの写真

以前、ブログに載せました。その日の記事見つけることができました。
そのとき 知人の植物学者に写真を送っておしえてもらいました。
あいまいな写真から 御判断頂き恐縮の極み でございました・・・・



7年後 今年2016年7月の写真 ↓
藝大の樹①
治療を施され 術後は、いい方向に向かってるのでしょうね。
展覧会の帰り という、何の意味もない7年後・・・・。
やっぱ凄い。
7年後写真を写せるかしら・・・


こちらは、東博の今年の 牧野博士のユリノキ・・・。
20160630_113154.jpg
[ 2016/08/04 17:21 ] 徒然 | TB(0) | CM(0)

元横綱千代の富士 ②

今日の新聞記事 ↓
img132 - コピー (2)
写真がいいわ・・・・・
元・3横綱が ほとんどほほえみながらの 還暦土俵入りのお稽古
誠に 男冥利に尽きるだろう 写真です。
[ 2016/08/02 17:54 ] 大相撲 | TB(0) | CM(0)

元横綱千代の富士

九重親方(元横綱千代の富士が亡くなりました。)
千代の富士 - コピー
こんないい写真を広瀬氏より拝借・・・。
千代の富士の大相撲人生の
沢山のドラマは大相撲史の宝物 !








これは先月名古屋場所の時の写真です。
ある意味、黒いマスクも決まって  ダンデイで まさか・・・ですね。
名古屋場所先月 - コピー
[ 2016/08/01 18:51 ] 大相撲 | TB(0) | CM(0)

ヴェネツイア・ルネサンスの巨匠たち

ヴェネツイア・ルネサンスの巨匠たち  アカデミア美術館所蔵
於 国立新美術館
ヴェネツイア ルネサンス はパスするつもりでしたが、
6時からの 新橋演舞場 まで、時間がありすぎるので
六本木までいってきました。
イヤホンガイド を、初めて借りました。
イヤホンガイドを聞きながらの ゆくり鑑賞 は、いいものですね。
ヴェネチア アカデミア美



家元ベッリーニの ‘赤い智天使の聖母’ が、きてました。
多くの聖母子像を描いてるベッリーニ!

私はこの展覧会のおかげで
2回の旅行を思い出しました。
一つはイタリア旅行です。
ヴェネチアで以前 ↓のベッリーニのフラーリの祭壇画をみるために
ヴェネチア中を歩きまわり フラーリ聖堂を探し回った事があります。
やっとたどり着くことができました。
それは、フツーの小さな聖堂でした。
これは、みつからないわ・・・と思ったことをおぼえてます。
(後で聞きました。イタリア人は地図など少しくらい間違てても平気なのだそうです・・・)
とても、うれしかったのですが、
アカデミア美術館にたどり着く前にヘトヘトでした。
ヴェネチイアルネサンスのベッリーニはさすがの存在感でした・・・・。
ベッリーニ サンタマリアフラーリ聖堂 - コピー
ベッリーニ(1488年 ヴェネツイア サンタ・マリア・デイ・フラーリ聖堂)

もう一つは、別の時期ですが、NYです。
そのベッリーニの作品を
偶然入った 邸宅美術館フリック・コレクション・・・・・!
見ました。
ベッリーニは海を渡ってました・・・
ベッリーニらしからぬ ベッリーニの作品 ↓
アメリカの宝物ですね。
ベリーニ聖フランチェスコ NYフリックコレクション - コピー
聖フランチェスコ(1480~90年頃) NY フリック・コレクション




この展覧会で新しい発見もありました。
カルロ・クリヴェッリの絵が2点ありました。
1480~90年 テンペラ/板
なぜ クリヴェッリ が・・・
と思いました。
クリヴェッリはヴェネテイア生まれだったのでした・・・。
なぜか、私は北方の生まれ と、信じてました。
いい作品(有名な作品)は、現在ヨーロッパの北側にあるような気がします・・・
(ヴェネテイアに居られなくて 北方にいったらしいです。
調べたらなんと
人妻を誘惑してその罪でヴェネチアを追われたのだそうです・・・)
面白い発見でした。
澁澤龍彦をして ‘冷艶な美しさに耽溺したスキャンダラスな画家’ と言わしめてます。
今回の絵はそれ程でもないですが、
神さまに近い細密画・・・・、
クリヴェリ カルパッチョ
カルロ・クルベッリ(1480~90年 テンペラ/板)
聖セバステイアヌス    福者ヤコポ・デラ・マルカ


イタリア料理の名前にもなってる
カルパッチョ!
(おいしいですよね。)
ヴェネチイアの中では好みの一人・・・
クリヴェリ カルパッチョ - コピー
ヴィットーレ・カルパッチョ(1504~08年 油彩/カンバス   ヴェネチア、ジョルジョ・フランケッテイ美術館)



ヴェネチアは、その地理的条件のおかげで
外部からの影響を受けてきました。
ビザンチン、トルコ等の文化が入り込み
ある意味東方の雰囲気はありました。
そういう文化は早い時期に成り立ってました。
そして 後に
フイレンツエ ローマ と一線を画すヴェネテイアルネサンス様式が遅れて登場しました。
躍動感あふれる色彩 光 影 おおげさにいえば印象派 ドイツロマン派に至ります。
(マニエリスム バロック ロマン派・新古典派経由)


来日してる作品は
ここに大テイツイアーノ先生の登場です。
このベリーニを師と仰いだ巨匠は
90歳近くまで頑張ったようです。
今回来ている 受胎告知 は、
後のマニエリスムのエル・グレコを彷彿とさせてくれます。

テイツイアーノからの
影響をおおいに受けた(子弟関係にあったといわれてる)
パオロ・ヴェロネーゼとテイントレット。
通り過ぎようと思った両ヴェロネーゼと両テイントレット・・・
↑のチラシにあります。
なんかよく似てて区別がいまいち。
反省して
家に帰り パオロ・ヴェロネーゼの画集をみてみました。
いいわア・・・・。ヴェローナ出身のパオロ。
挑戦相手が一人ふえました。
いいえ、勉強させていただきます。
師 として。

      ・・♪・・
ところで
今回は、ジョルジョーネは 来ませんでしたね。
現存画も少ないから当然でしょう。
大分前にアカデミア美術館でみてます・・・・
ジョルジョネのテンペスタ アカデミア美術館


先日、デユラーの画集を眺めていたら
デユーラーは、ベッリーニのこのフラーリ聖堂の祭壇画に感動し、
後に
四人の使徒 を作成したようです。
ヂューラー4人の使徒 - コピー
福音記者ヨハネ、使徒ペテロ(左)
使徒パウロ、福音記者マルコ(右)
この四人の聖人の高貴な姿に
深く感銘し ‘晩年の 四人の使徒’ を描いた。
と、書いてあります。
ベッリーニから影響を受けたデユーラーのお話。
そういわれれば似てます・・・・

ダ・ヴィンチの影響は受けなかったの・・・・
私の好きな 博物誌 ↓

ヂューラー博物誌 - コピー


そのヘエラリー聖堂の主祭壇画は、 ‘テイッチアーノ28歳の傑作 聖母被昇天’
88歳まで生きた巨匠の若き日の傑作・・・・。
若さに乾杯。

テイッチアーノ 聖母被昇天 1516年28歳     (ヴェネテイア フエラーリ聖堂)
テイッチアーノ 聖母被昇天 ヴェネテイア サンタマリアフエラーリ聖堂1516年28歳



[ 2016/07/28 11:42 ] 展覧会 | TB(0) | CM(0)

落語と日本酒と江戸野菜を楽しむ会

新橋演舞場で
落語と日本酒と江戸野菜を楽しんできました。
今回で16回を迎えます。
私は、2回目です。
落語は古今亭文菊師匠だから参加しました。
野太鼓・・・。
うまい、おもしろい・・・・。
少し感じてた ねちっこさ が、ちょっと聴かないうちに激しくなってきました・・・。
志ん朝師匠との差です・・・・
志ん朝は神様です・・・・
文菊さん酒野菜





本日の酒は 湘南のものでした。
湘南ビールはドイツ黒のビールの古典ビールの技法で造ったもので美味しかった。
(江の島バージョン)

本日の江戸野菜は寺島なす
本日のお酒と野菜



抽選で寺島なす2個が当たりました ↓
寺島なす


青梅野菜の広告 ↓
江戸東京博物館で
東京の生姜とごぼうビールと深川丼をよく戴きますが・・・
東京の野菜は面白い・・・・
落語などと共に 地域おこし   。
青梅の野菜



落語日本酒江戸野菜
[ 2016/07/28 00:36 ] 劇場 | TB(0) | CM(0)

アートアクアリュウム2016

日本橋三井ホールの
アートアクアリュウム2016という催し物
10回の記念のお祭りのようです。
私ははじめて
江戸・金魚の涼
沢山の種類の金魚がうつくしく飾られてます。
アートアクアリュウム広告





これは珍しい 水胞眼 という金魚
ブーと、ふくらんでます・・・
どこが、膨らんでるのか わかりませんが、
 名前が、水胞眼ですので、
目のちかくでしょうか。
水胞眼 (2)



江戸切子でしょうか・・・・
キャプション捜しましたが、みつかりませんでした。
アートアクアリュウム
とにかく大勢の人出です。
ビックリしました。
若い人が多く ゆかた も、いっぱい。
日本橋にこんなに沢山の若者がいます・・・
うれしいです。

金魚は人間が改良して造ったのだそうですね。
江戸時代には金魚バブルもあったそうです。
(朝顔バブルも・・・・、オランダではチューリップバブル)
人工的に造ったモノを、人工的に飾る・・・
(これが、嫌い ではないの・・・・・。)
ステキです・・・・。



窓の下は、三井本館(重文)・・・
エドワードホッパー
カメラ目線はポッパーだわ・・。

[ 2016/07/27 00:09 ] 展覧会 | TB(0) | CM(0)

根津美術館

根津美術館にいってきました。
はじめての古美術鑑賞
絵画の技法と表現
という事なので
日本の金箔技法の講座があると思い
広告をあまりしっかり読まないで
張り切って美術館に行きました。
期日は8月でしかも申込み制・・・・

雨のお庭を楽しみ
根津美術館




そして
‘そんちゃん’ の絵ハガキを買いました・・・
そんちゃん (2)




[ 2016/07/26 23:13 ] 展覧会 | TB(0) | CM(0)

今日は鰻でした。
永田町鰻懐石 山の茶屋 です。
永田町です。
国会議事堂近くの・・・
山王日枝神社の境内内といってもいいでしょう。
都心とは思えないこのたたずまい。
山の茶屋
場所柄 センセイ方の利用もかっては多かったそうですが、
時代は変わりました。
希望すれば 、だれでも・私でも行けます。



さっそく料理です。 ↓
くりからの白焼き
くりから は 倶利伽羅不動尊からの名前です。
剣を持って龍を倒すお不動さまだそうです。
くりからの白焼き





これが山の茶屋の鰻です。
鰻の蒲焼




あっという間の事でした。


戦いすんで 

この魅力的な器は
江戸時代のもので
その頃の特徴がよく出てるのだそうです・・・
そういわれれば、そうでしょうか・・
私にはよく解りません。
1枚30万円位する とのこと。
番町が、近い(?)
江戸時代30万円


ちなみに
床の間に飾ってある 似たような(同じような?)お皿は
こちらは、現代のものでして コピーだそうです。
コピー




3代目遠藤社長の挨拶。
政財界が、贔屓する老舗
馥郁とした香と深い味わい・・・・
嘉永2年開業の芋洗坂の 大和田 のたれを継承してるのだそうです。
空襲の際は たれ を、入れた かめ は、庭に埋めてたそうです。
遠藤社長





大和田 (2)
[ 2016/07/26 22:29 ] 旅行 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

Baroque

Author:Baroque
ここに引越しました。
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絵(ルネッサンス・マニエリスム)音楽・お相撲・歌舞伎・お能・文楽・落語、・食べること大好き。

・・・・・・・・・♪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


Baroqueの優雅な昼下り
  http://fzksakura.blogspot.com/
もよろしく。

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